何でも事典

2006/12/11

実際には多くの語源あり

●師走(しわす)
『師走』は、陰暦で12月を指す。『師走』はもともと当て字。語源はさまざまで、正確な語源は判らない。一番有名な語源は、師匠の僧侶がお経をあげるために、東西を馳せ回る月と解釈する『師馳す(しはす)』。この説は、平安末期の『色葉字類抄(いろはじるいしょう)』に、『しはす』の注として説明されていた。現代の『師走』と漢字の意味も近く、古い説であるため有力に思えるが、その他に、『年が果てる』意味の『年果つ(としはつ)』が転化したという説や、『四季の果てる月』を意味する『四極(しはつ)』、『一年の最後になし終える』の意味の『為果つ(しはつ)』からとする説などがある。

先祖の霊を迎える供え物
●お歳暮(おせいぼ)
冬の行事ともいえる『お歳暮』は、12月初旬から20日頃までに、日頃世話になった人などへ贈る贈り物を指す。『お歳暮』は、正月に先祖の霊を迎える御魂祭りの御供え物を暮れのうちに、本家に届ける風習が、時代の経過を経て、お世話になった人やお得意さまに贈り物をする習慣へと変わった。『お歳暮』が現代のような慣習に変化したのは、盆と暮れに決済していた商人の習慣によるものと考えられている。

『産まれたて』から派生
●大晦日(おおみそか)
『大晦日』は、12月31日、一年の最後の日だ。『大晦日』の『みそか』は、元来『30日』と書き、月の30番目の日という意味で、転じて月の最終日を意味するようになった。大晦日は、1年の最終月、しかも最終日であることから『大』が付けられたもので、29日で終わる月は『九日みそか(くにちみそか)』とも呼ばれる

現在のトルコに実在
●サンタクロース
『サンタクロース』は、クリスマス前夜に贈り物を持って、子供たちを訪れる真っ赤な外套を着た白ひげの老人、サンタを指す。『サンタクロース』の語源は、4世紀頃のミュラ(現在のトルコ)に実在した司教セント・ニコラウス(St.Nikolaus)」が訛ったというのが通説だ。サンタクロースの話は、米国に移住したオランダ人の新教徒によって伝わり、クリスマスに贈り物をする習慣と結合し世界各国に広まったといわれる。なお、あの『サンタクロース』の赤と白のコスチュームはコカコーラがクリスマスの宣伝に使ったのが一般化したといわれている。『サンタクロース』の存在は古いが、クリスマスプレゼントの習慣は新しい。

2006/12/04

幸運を呼ぶ靴下のジンクス!?
●今週号もさまざまなジンクスを紹介しよう。まずは、奈良靴下協同組合による『幸運を呼ぶ11の靴下ジンクス』から。どのような根拠で、このジンクスがあるのか不明、それだけに突っ込みどころ満載だ。

@パンツ、靴下、靴という順に色合わせすると、男性好みのバストになる。
A1日3回、靴下を履き替えると恋愛も仕事も人生もうまくいく。
B網タイツが破れた日は、男が大漁…。
C『ストッキングが伝線している』と言った男性と結婚すると不幸に。
D愛があるなら、アーガイル。ダイヤ柄の靴下を贈ると、更に深い思いが伝わる。
E隣で男が寝ている間に靴下をそっと履かせて、起きなかったらその恋は成就する(ただし、翌朝それを脱ぎ捨てていたら不可)。
F悲しいことがあった日は、大人の女も三ツ折りソックス。そっと希望が訪れる。
G清楚な服にシームのあるストッキングを履くとフェロモンが出る。
H11月11日の夜11時11分に、靴下を持って好きな人に告白すると50%の確率で成功する。
I猫に『ソックス』と命名すると、その飼い主(男)は大統領になる。『ストッキング』とつけると、その飼い主(女)は大統領夫人になる。
Jガーターベルトに離婚なし。

花嫁のサムシングフォー
●4つの何か、サムシング(something)を花嫁が当日身に着けると生涯幸せな結婚生活を送れるという言い伝えがあるので紹介しよう。

【Something Old】(何か古いもの)
 謙虚な心を意味し、祖先から伝わる経済安定を表すもの。身内から譲り受けたアクセサリー等で取り入れると良い。

【Something New】(何か新しいもの)
 真っ白な未来を意味し、これから始まる新生活の象徴。下着やドレス、化粧道具やハンカチで取り入れるとよい。

【Something Borrowed】(何か借りたもの)
 幸せな結婚生活を送っている人から、その幸福を分けてもらうという意味。当時結婚式で使用したハンカチやアクセサリーをもらうと良いだろう。

【Something Blue】(何か青いもの)
 青は幸せを運ぶ色といわれ、花嫁の純潔を象徴する。人目につかないように身に着けるのがポイントで、ガーターベルトやブーケの中にさりげなく入れると良いといわれる。


兵器の世界一
(最初に使われた石弓)
信頼出来る記録の中で、人類史上最初の石弓は紀元前341年の中国、馬陵の戦いで使われたもの。歴史家によると、この石弓は単発式で銃のような持ち手を握って構えるものだったようだ。

(最初の戦車)
世界で最初に作られた戦車はリンカーンマシーン。英リンカーンシャー、リンカーンにあるウィリアムフォスター社が作ったもので、1915年9月6日に初めて走った。また、実際に戦車が戦闘に参加したのは、第一時世界大戦中の1916年9月15日のこと。リンカーンマシーンをもとに改良を重ねたマークT『オス型』戦車(大砲が装備されている戦車)が仏フレール・クールセレッテの戦いに重火器隊の機関銃部隊として参戦。

(最初の航空母艦)
飛行機が離着陸するためのデッキが取り付けられた戦艦は1910年から存在したが、航空母艦と呼ばれる甲板の長さいっぱいに滑走路を設けた最初の船は、1918年に進水した英海軍のアーガス号。長さ172mの航空甲板を持ち、20機の飛行機を積むことが出来た。

2006/11/27

ジンクスは“縁起の悪いもの”
●日本ではジンクスはよい意味にも悪い意味にも使われ、『ゲンをかつぐ』人は少なくない。もともとは、『縁起が悪いもの』を意味する英語“jinx”が語源だ。ちなみに、“jinx”は、魔術に用いるキツツキ類の名をさすギリシャ語に由来しているとか。今週号では、世界中のさまざまなジンクスを紹介しよう。

英国のくしゃみジンクス
●まずは英国のジンクス。英国では、くしゃみに関連した面白いジンクスがある。くしゃみが出た曜日によって、意味が違ってくるのだ。月曜日だと、何か危険なことが起こる前ぶれ。火曜日なら、知らない人とキスをすることになるかも知れない。水曜日なら、手紙が届く。木曜日なら、何か良いことがある。金曜日なら、悲しいことが起こる。土曜日なら、次の日に恋人との間で何かが起こる。ただし、日曜日のくしゃみは何の意味も持たない。ちなみに、このジンクスは、風邪や花粉症などのアレルギーで起きたくしゃみとは関係がない。

右の手のひらがかゆいと?
●まずは、ドイツのジンクス。ドイツでは、『右の手のひらがかゆくなったらお金が入り、左の手のひらがかゆくなったらお金が出て行く』というジンクスがある。また、米国では、『右の手のひらがかゆくなったら、その手を木にこすりつけると、お金が入ったり、素敵なことが起こる』といわれている。どちらのジンクスも、右手がラッキー・ポイント、左手では何の効力もない。

ヨーロッパの猫ジンクス
●ヨーロッパでは、猫が魔力を持っていると信じられている。特に、黒猫は不幸を運んでくると信じられている。例えば、歩行中に黒猫が目の前を横切ると、行く先で何か悪いことが起きるといわれている。悪いことが起こらないようにするには、もう一度出直すか、12歩後ろに下がって、また歩き出せば良いようだ。逆に、黒猫以外の猫が後をついてくると、幸運が訪れるといわれている。

日本の動物関連ジンクス
●日本にも、動物に関するジンクスがたくさんある。それらを列挙すると、@猫が顔を洗う時、耳の後ろまで洗ったら雨が降る、Aカラスが鳴いたら、人が死ぬ、B白ヘビが家にいたら、災難から守ってくれる、C初夢に白ヘビが出てきたら、その年は良い年になる、D朝見るクモは良い兆候、E、夜見るクモは良くない兆候、Fコオロギは神様の使いだから、殺してはいけない、G家にハチの巣があると死人が出る、H赤トンボが群れで空高く飛ぶと雨が降る…などだが、天候に関連したジンクスの的中率は高く、無視出来ない。

2006/11/20

スピードの世界一
(実現可能な最も速いスピード)
宇宙で実現可能な最も速いスピードは、光や電磁波、赤外線、X線などによってのみ達成出来る。光のスピードは、どこを通るかで変化するが、最も速いのは真空を通る時で、そのスピードは秒速約30万km。

(人が乗っている飛行機での最高速度)
人が乗っている飛行機で測定された最も速いスピードは時速7,274km。1967年10月3日、米・カリフォルニア州上空で、米空軍のテストパイロット、ウィリアム・ナイト少佐が、X−15A−2ロケット機を操縦して記録した。

(最も速いカーフェリー)
最も速いカーフェリーは、ルチアーノ・フェデリコL号(オーストラリアのアドバンスト・マルチハル・デザイン社が設計)。1万6,000kWのガソリンタービン2機で動いており、積載速度(荷物を積んだ時の速さ)が57ノット(時速105.5km)、最高速度が60ノット(時速111km)。



ことばのルーツ
明治になって活発化
●七五三(しちごさん)
『七五三』とは、男子は3歳と5歳、女子は3歳と7歳にあたる年の11月15日に、晴れ着を着せ、神社・氏神などに参詣する『七五三の祝』を指す。由来は、中国で祝い事に用いる数を奇数(陽の数)とした中国の思想に基づき、一・三・五・七・九の中の三つを取ったものだ。この行事のほか、『七五三』は本膳七菜、二の膳五菜、三の膳三菜を供えた盛大な宴の『七五三の膳』や、『注連縄(しめなわ)』の異称とし用いられるが、これらも中国の思想に基づく。時代によって男女の別は異なり、年齢も3歳、5歳、7歳に限っておらず、11月15日の決まりもなかった。『七五三』の風習が盛んになったのは明治以後だ。

『小』が子に変化
●子(こ)
『子』とは、人間や動物の親から生まれたもの。動物の場合は『仔』とも書く。まだ一人前になっていない人間、年少者を指す。『子』の語源は『こまやか(細小)』の意味とする説、胎内で凝りて子となることから、『こる(凝る)』の意味とする説、更に、『こ(小)』の意味など諸説ある。これらのなかで一番有力なのが最後の『こ(小)』である。

成人に達した女性
●乙女(おとめ)
『乙女』は年の若い女性、未婚の女性、娘、少女、処女を指す。『乙女』の『おと(をと)』は『男』の『おと(をと)』と同じく、『若返る』意味の動詞『をつ(復つ)』と同源で、『め』は『女』の意味だ。『乙女』の漢字は、『を』と『お』が混同されたことによる当て字で、中世以降見られるようになる。古代では、成年に達した若い女性を『をとめ(乙女)』、その対義語として『をとこ(男)』があった。『万葉集』では、『未通女』、『処女』とあり、『未婚の娘』を指すことが多かった。現在では単に若いだけではなく、汚れを知らない純真な少女のイメージを伴なった、『乙女』を用いることが多い。

『産まれたて』から派生
●うぶ
『うぶ』は、世間ずれしていないこと。純情なさま。男女の情に通じていないさま。『うぶ』の語源は、『産む(うむ)』の意味からとする説と、初々しいなどの『初(うい)』を語源とする説がある。ただし、『初(うい)』の語源も『生み・産み(うみ)』や『生む日・産む日(うむひ)』とされ、いずれも『産む』に通じる。漢字で『初・初心』と書く以外にも、『産・生』」の字が使われるため、『生まれたて』の意味から派生し、純情などの意味を持つようになった。

2006/11/13

家計で無視できない水道料金
●家計に占める割合で無視出来ないのが水道料金。『節水、節水』といくらお題目をあげても、具体的にどうすれば節水出来るのか判らないというのが正直なところだ。節水のモチベーションを高めるには、まず水の単価を把握することが重要だ。水道料金は各自治体によって異なるが、概ね1リットル約25銭ほどだ。水洗トイレの洗浄に必要な水量は1回あたり10〜15リットルで2.4円〜3.6円ほどかかる。具体的には、1日に大1回、小7〜8回としてトータル90リットルで21円、月では600円ほどかかる。従って、お風呂の水を活用して、トイレで使う水を3分の1減らすと200円の節約になる。節約した金額が数字になると節約の意識が高まる。

風呂の水をタンクに貯めない
●お風呂の残り湯、洗濯機の排水を利用すると、トイレの水を節約出来る。ただし、水を流す際には、タンクに貯めてある水を流す場合に比べて水圧が低いので、小の場合にのみ活用した方が良いだろう。また、お風呂のお湯は見た目きれいでも、皮脂や汚れが含まれているので、トイレのタンクに貯めると雑菌の繁殖につながるため、避けた方が無難だ。

節水型使用も選択肢
●お風呂の残り湯を使うのに抵抗があり、経済的に余裕があるのなら、節水型の便器を購入すると良いだろう。最近の便器は機能的に優れた商品が多く、少ない水でもきちんと流せる節水型の便器が人気になっている。通常は10〜15リットルが平均的水量なのだが、節水型は6〜8リットルと半分以下で済む。もちろん、便器は高い買い物になるため、節水のためだけに買い換えるのは水の節約にはなっても家計にダメージを与えるので、改築や増築、引越しの際に検討してはどうか。

間違った節水法
●間違った節水法に、『トイレのタンクにペットボトルや瓶を入れて、容積を減らすと、その分節水になる』がある。この方法だとトイレが詰まる心配があるそうだ。トイレの配水管は細長く、曲がりくねった形状をしている。細長くて曲がりくねった形状なので、排水溝まできちんと汚物を流しだすにはそれなりの水が必要になってくる。つまり、タンクの水量は汚物をすっかり流すために計算されて設定されている。ペットボトルを入れて、水量を減らすと水圧が弱まり、汚物がスムーズに流れなくなり、排水管などに汚物のカスがのこり、それがたまると詰まりが生じる恐れが出てくる。最悪の場合は修理が必要になり、節約のつもりで始めた工夫がかえって逆効果になってしまう。

2006/11/06

圏外では電源を切る

●携帯電話で困るのは電池切れ。いざ、大急ぎで連絡しなければならない時に、電池切れで携帯電話が使えない、そのような経験をした人は少なくないはずだ。そこで、電池切れを極力防ぐための方法を紹介しよう。そもそも、携帯電話は電源が入っていると、まず自分を担当してくれる基地局を探すために“標識電波”を発信し、基地局を発見すると、“標識電波”は切れる仕組みだ。しかし、圏外にいる時には、担当する基地局を探すために、“標識電波”を出し続けることになり、通常よりも多く電気を消費してしまう。圏外の時間が短い時に、電源を入れたり切ったりした方が逆に電気の消費量が多くなるので、電源を切る必要はないが、地下鉄など長時間、圏外にいる場合には電源を切っておいた方が電池の節約になる。

バックライトを消す
●夜に外で携帯電話をかけたり、メールを打ったりした場合に便利なのが携帯電話のバックライトだ。しかし、難点は予想外に電気を食う点。確かに、暗い場所でのバックライトは便利だが、明るい昼間などではバックライトなしでも、それほど視認性が落ちないのであれば、バックライトを切っておくと電池の節約になる。また、携帯電話の電池が残り少なくなった時は、バックライトを消せば少し長持ちするので一度効果のほどを試していただきたい。

書き損じのハガキは捨てるな
●11月1日に平成19年の年賀ハガキの発売が全国一斉に始まった。せっかく買った年賀ハガキなのに、うかつにも書き損じたり、印刷して余ったりするのはよくあることだ。しかし、これらが約に立たないとばかり、さっさと捨てるのは勿体ない。実は、書き損じや印刷して余ってしまったハガキは郵便局に持参して、手数料5円を支払えば新しいものに替えてもらえるのだ。ただし、郵便料金が印刷されている部分の汚れがひどいと交換してもらえないので注意。書き損じのハガキ、余ったハガキをかき集めて郵便局で交換すると良いだろう。

エコーハガキで節約
●官製ハガキ1枚の代金は50円と決まっているが、45円で買えるハガキがある。それは広告付きの『エコーハガキ』だ。1枚45円で普通のハガキに比べ5円もお得、10枚出せば50円分、1枚分得になる。購入は最寄りの郵便局だが、問題なのはエコーハガキの発売が不定期なこと。発売されても人気が高く、すぐに、売り切れてしまう。エコーハガキの発売日は、郵政公社のサイトにて発表されるので、時々チェックして、発売日にまとめ買いをしよう。



病気の世界一
(最もよくある突然死の原因)
突然死の原因で最も多いのは、冠動脈性心疾患(心臓の周りの血管が狭くなることで起こる心臓の病気)。この病気を引き起こすのは、喫煙、高血圧、高コレステロールとされる。

(最もよくある感染症)
最もよくある感染症は風邪。風邪はライノウイルスなどによって引き起こされる病気で、少なくとも180の型がある。

(最もよくある皮膚の感染症)
最もよくある人間の皮膚の感染症は水虫。白癬菌によって引き起こされるこの病気は、世界人口の70%以上にあたる人々を苦しめ、誰もが人生で少なくとも1度は水虫に感染したことがあるといわれている。

(最古の病気)
記録にある最も古い病気はハンセン病(らい菌によって起こる感染症)。紀元前1350念の古代エジプトに記録が残っている。また、結核性住血吸虫症という肺の感染症のあとが、エジプト第20王朝(紀元前1250〜1000年)のミイラから発見された。

2006/10/30

未使用のテレカを活用 

●携帯電話の普及で、テレホンカードの使い道に困っている人は多いに違いない。その厄介者のテレホンカードだが、電話代の支払いに利用出来る。NTTの支払い窓口まで持っていけば、電話代の支払いに充当することが出来る。ただし、テレホンカード1枚当たりの手数料は50円、支払いに充当出来るのは請求書の届いていない次月分の電話代で、さらに基本料金と通話料金のうち、通話料金分しか支払うことが出来ない。
留守電案内時にも料金は発生 

●携帯電話を使用中に、相手が留守の時に流れてくる留守電の案内。実は、案内が流れている間も電話代が加算されている。携帯電話の場合は20秒近く聞かされ、電話代も無駄にかさんでしまう。その留守電案内を簡単に飛ばす方法は、『♯』を押すだけで良い。これでさっさと伝言を入れればOK、これで少しは携帯電話の料金を節約することが出来る。

NTTの番号案内を活用
●NTTの番号案内で一般的なのは、104(番号案内)、110(警察への事件・事故の急報)、115(電報の申し込み)、117(時報)、119 (火事・救助・救急車)、177(天気予報)だが、他にも便利な案内があるので紹介する。

107(新幹線列車通話)…新幹線に乗っている相手に車内で呼び出しをかけ、連絡が取れた場合に電話出来るサービス。連絡の取れる取れないに関わらず利用料金100円(税込み105円)が発生する。

136(ナンバーお知らせ)…最後に掛かってきた相手の電話番号を知らせてくれるサービス。利用代金は30円(税込み31.5円)。相手が電話番号を通知していない場合、公衆電話・国際電話等からの着信の場合料金はかからない。

142(ボイスワープ)…自宅や事務所などに掛かってきた電話を指定した電話番号へと転送するサービス。

144(迷惑電話お断りサービス)…迷惑電話を受けた直後、いったん電話を切り、144に電話して登録しておけば、以後、その電話番号からの通話は出来ないサービスで便利だ。

159(空いたらお知らせ)…電話中になかなかつながらない時に、159に電話して電話番号を登録すれば空いた時点で知らせてくれる。利用代金は30円(税込み31.5円)。45分経過しても電話が空かない場合はその旨を連絡してくれる。その場合も利用料金は取られる。

171(災害用伝言ダイヤル)…災害時などに伝言ダイヤルに用件を録音しておき、相手は録音を聞いて用件を聞くことが出来る。



ことばのルーツ

『水菓子』は『菓子』ではない
●菓子(かし)
『菓子』は、食事のほかに食べる嗜好品。お菓子のこと。そもそも、『菓子』は、漢語で『果物』を意味した。中国で『菓』と『果』は同字だが、わざわざ植物を強調するために『菓』が使われた。日本でも、近世頃までは、『菓子』を果物の意味として使っていた。しかし、平安時代に中国から小麦粉を練って揚げた唐菓子や飴・餅などが伝来し、室町時代になると茶菓子として出される甘い菓子が作られるようになり、外郎(ういろう)や饅頭(まんじゅう)も入ってきたため、食事以外の間食を『菓子』と呼ぶようになった。この当時は、果物にも『菓子』が使われていたが、江戸時代になると、『菓子』と『果物』を区別するため、『果物』を“水菓子”と呼ぶようになり、『菓子』から果物の意味が消えてしまった。

人間の頭の替わり
●饅頭(まんじゅう)
『饅頭』は、小麦粉やそば粉などを練った生地で餡を包み、蒸すか焼くかした菓子のことだ。もともと、『饅頭(まんじゅう)』は、漢語『饅頭(まんとう)』の借用語で、『頭』を『じゅう』と唐音読みして、『まんじゅう』になった。『饅頭』のルーツは中国で、諸葛孔明(しょかつこうめい)が南征した際、『川の神に人身御供として人の頭を捧げれば鎮まる』という風習を改めるため、羊や豚の肉を小麦粉で作り、皮でくるんだものを人頭に見立て、神に捧げたことに由来しているらしい。当初は、蛮人の頭の意味から『蛮頭(まんとう)』が用いられていたが、祭壇に供えた後、それを食べるようになったことから、『饅』の字が当てられ『饅頭』になった。中国では、饅頭が主食とされ、中に肉や野菜を入れるのが普通、餡を入れるのは点心の時だけだ。なお、日本での饅頭事始めは、1349年に宋から渡来した林浄因(りんじょういん)が奈良で作った、『奈良饅頭』。仏教では肉食が禁じられ、餡が用いられたため、日本の饅頭は餡が入ったものを指すようになったといわれる。

諸説あるが語源は未詳
●頭(あたま)
『頭』は、人や動物の首から上の部分。また、顔を除いた上の部分や脳の働きを指す。また、『頭数』というように人数を意味する。『頭』の語源は『当間(あてま)』で灸点に当たる所の意味や、『天玉』(あたま)、『貴間』(あてま)など諸説あるが、実際のところ判っていない。なお、頭を表す語としては、古くは『かぶ』、『かしら』、『かうべ(こうべ)』などがある。

2006/10/23

頭痛の民間療法
●民間療法、まずは頭痛に効くとされる昔ながらの民間療法をいくつか紹介しよう。

@梅干しこう薬…梅干の果肉をほぐして、ガーゼやばんそうこうに塗り、両方のこめかみに貼り付ける。梅干に含まれるクエン酸の血流改善効果が頭痛を和らげる。

Aしょうがシップ…しょうがをすりおろして、ごま油を加えてよく混ぜる。それをガーゼに塗りつけ、こめかみに貼り付ける。こうすると頭痛が和らいでくる。一説にはしょうがに含まれる『ジンゲロール』に血管拡張作用があり、それが頭痛を和らげるのに影響しているといわれている。こちらは緊張性頭痛に効果が期待出来そうだ。

B大根のおろし汁…大根のおろし汁をガーゼや脱脂綿にしみ込ませ、

またはめん棒につけて偏頭痛と同じ側の鼻の穴に塗る。右側が痛むなら右の鼻の穴というわけだ。理由は判らないが、こうすると頭痛に効果があるというから不思議だ。

風邪は食べて治せ
●いよいよ風邪のシーズン。日本にもたくさん風邪の民間療法があるが、今週号では世界の民間療法を幾つか披露しよう。

豪州…はちみつ入りのレモンを温めて飲むのが一般的。ユーカリの葉を熱いタオルで巻いて、胸の上に乗せると呼吸が楽になり、鼻づまりにも効果的だとか。

A中国…『身体の調子が悪い時は、お湯を飲め』というのが中国流で、風邪の時も同じ。風邪の症状によりさまざまな漢方薬を用いる。『板藍根』は熱のあるときに煎じ、『膨大海』は呼吸器障害のときに湯を注いでお茶のようにして飲む。

英国…この国では“Feed acolid and starve a fever”という言葉がある。直訳すると、『風邪は食べて治せ、熱は食べずに治せ』、こうすれば風邪は自然に治るという意味らしい。軽い風邪の場合はしっかり食事を摂り、栄養をつけて安静にする。熱がある場合は水を多く飲み、はちみつ入りレモンのお湯割りを飲み、入浴せずに休む。

ワインとビール風邪を治す

ドイツ…風邪のひき始めは室温程度の赤ワインに卵と砂糖を入れたものを飲んで早めに休む。またベッドに入る前に、温めたビールを飲むのも効果的だ。ただし、冷たいビールは逆効果になる。風邪がひどい場合は、ペパーミントなどの薬草、または熱い牛乳、ハーブの葉を煎じた液にそれぞれはちみつを入れて飲んだり、ラム酒のお湯割りなどを飲んで汗をかく。日本にはたまご酒の民間療法があるが、ドイツではワインとビールで風邪を治すというから面白い。

2006/10/16

日本の富くじのルーツは御守り
●世界の“くじ”のルーツをたどると、約2,000年前のローマ時代にまでさかのぼるが、今日のような『近代的富くじ』が登場するのは、約560年前のオランダで、町の建設や要塞構築などの資金を調達するために富くじを発行したという記録が残されている。それでは、日本はどうか。日本の富くじのルーツは、約380年前の江戸時代初期、摂津箕面(現在の大阪府)の瀧安寺。正月の元旦から7日までの“松の内”に参詣した善男善女が、自分の名前を書いた木札を唐びつの中に入れ、7日に僧侶がキリで3回突き、3人の当選者を選び出し、福運の“御守り”を授けた。最初はおカネではなく御守りだった。

天保の改革で富くじ廃止
●日本の富くじの始まりは、当せん者にお守りを授けるだけだったが、これでは人気が沸くわけがない。自然の流れで、次第に金銭と結びつき、富くじとして町に氾濫するようになった。そのため、徳川幕府は1692年(元禄5年)に禁止令を出したほどだ。しかし、幕府は、その後も寺社にだけは、修復費用調達の一方法として、富くじの発売を許し、天下御免の富くじ“御免富”と呼ばれた。特に、“江戸の三富”として有名だったのは、谷中の感応寺、目黒の瀧泉寺、それに湯島天神の御免富だった。幕府公認の御免富も、1842年(天保13年)の『天保の改革』によって禁止され、明治になってからも、1868年(明治元年)の『太政官布告』によって禁じられ、103年もの長い間、日本では“富くじ”は発売されなかった。

終戦直前の『勝札』が宝くじ
●富くじが復活したのは1945年7月の終戦間際。政府は浮動購買力を吸収して、軍事費の調達を図ろうと、1枚10円で1等10万円が当たる富くじ、その名も“勝札”を発売した。しかし、抽せん日を待たずに、8月15日の終戦を迎えたため、皮肉にも“負札”とよばれるようになった。政府は、戦後の激しいインフレ防止のため浮動購買力吸収の必要性が大きくなったと判断し、1945年(昭和20年)10月に『政府第1回宝籤』を発売、これが今の『宝くじ』となる。更に、戦災によって荒廃した多くの地方自治体の復興資金調達を図るめ、各都道府県が独自で宝くじを発売出来ることになり、1946年(昭和21年)12月に地方くじ第1号『福井県復興宝籤』(別名ふくふく籤)が登場した。政府くじは昭和1954年(昭和29年)に廃止され、その後は、@全国自治宝くじ、A東京都宝くじ、B関東・中部・東北自治宝くじ、C近畿宝くじ、D西日本宝くじの5つになった。

2006/10/02

サト芋とススキが定番
●月見といっても、一般家庭では、スーパーで買ったススキとお月見団子をお供えするのがせいぜいだ。しかし、数十年前までは各地で様々な行事が行なわれていたので紹介しよう。

@十五夜のお供え物として全国的に見られるのがサト芋などの芋類。これは中秋の名月がサト芋の収穫祭的な性格を持つことを示している。

A ススキも全国でお供えされている。お供えしたススキを家の軒に吊るしておくと、『1年間病気をしない』という言い伝えが全国に分布している。

盗まれた方が縁起良い
●他にも変わった十五夜の風習があるので、紹介しよう。

@ 南九州や沖縄などでは、十五夜に綱引きをする風習がある。大綱引きがそれだ。

A日本版ハロウィンが『お月見泥棒』。軒先や縁側などにお供えしてあるお月見団子を、子どもたちが盗み食いするというものだ。もちろん、本当に泥棒するのではなく、各家庭ではお団子を置いておく。団子は多く盗まれた方が、『縁起が良い』とされ、喜ばれた。


ススキと団子は月見の必需品
●地域を絞ると更に月見の風習が違ってくる。昭和初期の月見の日における食風習が農山漁村文化協会発行の『聞き書き 大阪の食事』に掲載されていたので列記する。

@まんじゅう屋で買った白い丸団子13個と、茹でた小芋13個を三宝に盛り、縁側に置いてお供え、ススキも生ける。お下がりの団子を砂糖につけていただく。

A机に白い布を敷き、三宝にお月見団子をのせる。栗やさつま芋を盛った籠、お月見団子、ススキを生けた花瓶を並べ、中秋の名月を愛でる。お月見団子は、上新粉でつくった紡錘形の団子をこしあんでくるむ。

B米粉で13、1つ(計14個)のお月見団子を作る。どろ芋、油揚げ、こんにゃく、なたまめを油揚げのだしで煮、団子と一緒に盛りつけ、ススキ、ハギ、けいとうなどの生花を生ける。

Cお月見団子は、小豆あんをたっぷりつけて13、7つ(合計21個)盛りつけ、煮た小芋を13、7つ盛りつける。それに一升瓶にススキと萩をさして一緒にお供えする。

D萩やススキを生け、あん入りの団子と炊いて味付けしたずいき芋を供え月見をする。

E縁側に台を置き、萩とススキを飾り、団子、小芋、果物をお供えする。煮干しでだしをとり、しょうゆと砂糖を少々入れた少し甘い澄まし汁を作って、お月見団子と小芋と一緒に入れる。どうやら、ススキ、お月見団子と芋は月見の必需品であることが判る。

2006/09/25

ことばのルーツ

様々な説あるが確定出来ない
●サンマ(秋刀魚)
『サンマ』は、ダツ目サンマ科の海水魚。体は細長く、刀状の姿をしている。『サンマ』の語源は、体が細長いため、『狭真魚(さまな)』の音便約とする説や、古くは『三馬』とか、単に『馬』と言われており、『サウマ』、『サムマ』、『イソムマ(磯・甘味)』から『サンマ』になったとする説がある。更に、『イサウマナ』、『サムマナ』、『サムナ』の順に変化し、『サンマ』になったとする説などある。しかし、どれも決め手不足で、確定出来ない。なお、漢字の『秋刀魚』は、その姿が刀状で秋の代表的な魚であることからの当て字だが、これほどピッタリなものも珍しい。

天文学上では立秋から冬至
●秋(あき)
『秋』は四季のひとつで、夏と冬の間の季節。太陽暦では9月から11月まで、陰暦では7月から9月まで。二十四節気では立秋から立冬まで。天文学上では秋分から冬至までをいうから、かなり幅が広い。秋の語源には、空の色が『清明(あきらか)』な時期からとする説、穀物などの収穫が『飽き満ちる(あきみちる)』季節から、『秋』になったとする説などがある。また、紅葉などに使われる『紅(あか)』が転じて、『秋』になったとする説がある。

重点の置き方で違う語源
●稲(いね)
『稲』とはイネ科の一年草。東南アジア原産で、実は米として広く主食とされる。『稲』の語源は、『食糧』、『生命』、『寝具』、『原産地』のいずれに重点を置くかで見解が違ってくる。@『稲』は食糧として重要なものであることから、『いひね(飯根・飯米)』の意味とする説、A『稲』は食糧のほか藁を加工して多くのものが作られ、日本人の生活と切っても切れない関係にあることから、『いのちね(命根)』、『いきね(生根)』、『いきね(息根)』の約など『生命』と結びつける説、B『稲』の藁は布団や畳などに加工され、古代人は藁を敷いて寝ていたことや、正月の忌み言葉として『寝ね(いね)』と掛けた『稲挙ぐ』、『稲積む』という言葉があることから、『いね(寝ぬ)』の連用形が名詞化されたとの説、C『稲』は原産地の言葉に基づくもので、ジャワのスンダ語『binih』、セレベス島のバレエ語『wini』などと同源とする説…などがある。また、漢字の『稲』は、漢音で『ドウ・ダウ』、呉音で『ダオ』と発音し、音読みの『トウ(タウ)』には繋がるが、『稲』の語源とは関係ないと見られている。『稲』の『旧』の部分は本来『臼』で、右側部分は臼の中でこねることを表している。



細菌・ウイルスの世界一
(最も大きいウイルス)
世界最大のウイルスは“ミミウイルス”。900個の遺伝子を含んでいる。1992年に、英。ブラッドフォードの冷却塔のサンプルの中から発見された。

(最も大きい細菌)
細菌“チオマルガリータ・ナミビエンシス”(“ナミビアの硫黄の真珠”の意味)が、現在確認されている最も大きい細菌。裸眼ならば、尖らせた鉛筆の先端ほどの大きさに見える。普通の細菌細胞の約750倍の大きさ。生物学者のハイデ・シュルツ(独)が、ロシアの調査船ペトルコッツォフ号に乗っている時、1997年、ナミビア海岸沖の沈殿物のなかに大きさが0.75mmあるものを発見した。

(宇宙で最も長く生きた細菌)
NASA(米航空宇宙局)の低空地球周回軌道にあるLDEF(長期間曝露装置)衛星で、保護無しに1984年4月7日〜1990年1月11日まで2年半以上の間、生き続けた大腸菌細胞“ストレプトコックス・ミティス”が見つかった。

2006/09/18

日本人の秋の楽しみは月見

●秋の日本人の楽しみに月見がある。三日月、半月、下弦の月、上弦の月など、いろいろな形の月を愛でるが、なかでも満月は特別とされ、平安時代初期に月を見ながら宴会をする風習が出来た。これを『観月宴』とか『月の宴』と呼び、当時は月を見ながら和歌を詠み、雅楽を奏で、酒を飲んで楽しんだようだ。特に、旧暦の8月15日の月を『十五夜』といって、秋の七草など季節の草花や食物を月に供え月見をした。十五夜は、そもそも中国の『中秋節』の影響で始まったといわれている。中国では『十五夜』に月餅を食べ、お祝いをする風習が残っている。

天と地の恵みに感謝する


●旧暦では7、8、9の3ヵ月が秋で、真ん中の8月を『仲秋』と呼んだため、『中秋の名月』ともいわれている。なお、『仲秋』は陰暦の8月、『中秋』は陰暦の8月15日をさす。つまり、十五夜は『仲秋の名月』ではなく、『中秋の名月』が正しい。旧暦が使われていた時代は、月の満ち欠けが生活のリズムを形成していたため、満月はその時々の節目として重要な意味を持っていた。従って、八月の十五夜だけでなく、満月の夜はいつも祭りが行われていた。秋はたまたま農産物の収穫期と重なり、天と地に感謝の気持ちを込めて、盛大に行われたのが、秋の『十五夜』といってよいだろう。昨今は、縁側に小さな机を出し、その上に供え物を飾るのが一般的だが、正式には庭に草刈りかごを出し裏返しにして、その上に供えた。供え物は季節の草木、月見団子、けんちん汁などで、月見団子の数は月齢に合わせて十五夜には15個、十三夜には13個供える地域が多い。また、けんちん汁に欠かせないのが里芋だ。このことから十五夜を『芋名月』とも呼ぶ。

十三夜は『豆名月』、『栗名月』

●陰暦9月13日の『十三夜』もまた美しい月であるとして、古くから日本人に愛でられている。『十三夜』は『後の月』、『女名月』などとも呼ばれ、八月の『十五夜』の月だけを見て、九月の『十三夜』の月を見ないのは『片見月』といい、良くないことであるとされた。

『十三夜』は、豆や栗を供えるため、『豆名月』、『栗名月』などとも呼ばれてきた。

団子の起源は不明

●月見に欠かせないのが団子だが、実はいつ頃から月見団子が出来ていたのか定かではない。団子の形は江戸が丸型、京都では芋型だった。日本で団子が作られたのは縄文時代と推測されている。串団子は室町時代に発生したといわれているが、最初は5個刺すのが基本、その後は3〜5個の範囲で刺されているようだ。

2006/09/11

灯油高いと航空会社の経営悪化

●ジェットエンジンは、『空気を圧縮して、そこに燃料を吹き込み燃焼させて、高速で排気・噴出する』ものだ。何百トンもの重さを持つジェット機を2〜4基のエンジンで、高度1万メートルの高さまで飛ばしてしまうのだから、ジェット燃料は相当特殊で高価なものと考える人は少なくないだろう。しかし、特殊な燃料どころか、ジェット燃料として使われるのは、あの石油ストーブに使われる灯油なのだ。無論、灯油に多少の添加物が加えられるが、なぜ、灯油がジェット燃料に使われるのだろうか。灯油はガソリンや軽油と違って、低温状態でも凍結しにくいうえに、熱量が大きく、ススも出ず、安全性も高いという理由で使用されている。ジャンボジェット機は21万5,400リットルという桁違いな灯油を積むため、原油価格が高騰すると、航空会社の経営状態が悪化する。

卵は丸ごとチン出来ない

●卵を殻つきのまま、電子レンジでチンしてはいけないというのは常識、殻も中身も木っ端みじんに破裂するといわれている。それでは、卵をチンすると爆発する理由は何か。答は簡単、実は卵白と卵黄の固まる温度が違うからだ。黄身が先に固まって膨張し、外にある卵白と殻を破裂させてしまう。卵が凝固する温度だが、卵白はドロドロした流動性の液体になるのが62〜65度、70度になるとかなり固まり、80℃以上で完全に固まる。一方、卵の内部にある卵黄は65〜70℃の間で完全に固まってしまう。この温度差はお湯で外側からゆっくり茹でた時には問題が起こらないが、電子レンジで一気に暖めると中心まで温度が上がり問題が起こってくる。すなわち、凝固温度の低い卵黄がすぐに固まり、その時、卵白はまだドロドロの状態で、内側から強い卵黄の圧力を受けると、卵は簡単に破裂してしまうということだ。

鉄より強いプラスチック

●乾電池、電池の大きさによって、単1、単2、単3と呼ぶのは何故か。かつては、何個かの電池を一つにまとめた『集合電池』を使用していたが、その後は単独で使われるようになった。そして、 1942年(昭和17年)に日本標準規格205号が発行され、これにより、1つずつ単独で使われるタイプの電池は、集合電池と区別するために『単』で表示されるようになった。すなわち、乾電池の『単』は、『単独』の『単』というわけだ。『単』以外の呼び名にR(Round)がある。日本で言うところの単1電池はR6、単2はR14、単3はR20と呼ぶそうだ。また、米国では単1がD、単2がC、単3がAAと呼ばれている。


宇宙開発の世界一

(人が乗った最も小さい宇宙船)
宇宙飛行士がスペースシャトルの外で作業をする時に使われる船外活動用の操縦装置(MMU)は、高さ1.24m、幅0.83m、奥行1.12mで、重さは109kgしかない。この装置は窒素ガスによる推進装置で動く。

(最も多くの惑星に接近した探査機)
1977年に打ち上げられたNASA(米航空宇宙局)の探査機“ボイジャー2号”は1979年から1989年の間に、巨大なガス体の外惑星(太陽系のうち地球より外側の軌道を回る惑星)である、木星、土星、天王星、海王星の4つに接近した。

(彗星に最も近付いた探査機)
1986年3月13日、ESA(ヨーロッパ宇宙機関)の探査機“ジオット”は、ハレー彗星の横を通った時、彗星の氷の核にわずか596mまで近付いた。

(初めての宇宙遊泳)
1965年3月18日、アレクセイ・レオーノフ中佐(旧ソ連)が、一般的に“宇宙遊泳”と呼ばれる船外活動を初めて行なった。

2006/08/14


ことばのルーツ

原水爆実験の日に発表
●ビキニ

 夏になると、ビーチやホテルのプールはビキニ姿の女性で一杯になる。『ビキニ』とは、胸と腰をわずかに覆うだけのセパレーツ型(ツーピース型)の女性用水着のことを指す。それではなぜ、『ビキニ』なのか。実は原水爆実験に由来している。『ビキニ』は、中部太平洋マーシャル諸島共和国の北西部に位置する小環礁のことで、1946〜58年にかけて、米国が原子爆弾と水素爆弾の実験を、ビキニ環礁で何度も行なったことで知られている。米国が原水爆実験を行った1946年7月5日に、フランスの服飾デザイナー、ルイ・レアール氏が、現在『ビキニ』と呼ばれるセパレーツ型の大胆な水着を世界で初めて発表した。ビキニ以前に発表された大胆な水着が、最も小さいという意味で『アトム(原子)』と呼ばれていたことや、同じ年に原水爆実験がビキニ環礁で行われたショックに便乗して、ルイ・レアール氏の水着が『ビキニ』と呼ばれるようになったというわけだ。


鯨とは関係ない
●目くじらを立てる

『目くじらを立てる』とは、些細な欠点を探し出し、相手を責め立てるとの意味だ。『目くじら』には『目鯨』の当て字があるため、鯨と関係があるかのように思われがちだが、全く関係ない。そもそも、『目くじら』は『目尻(めじり)』のことで、『目くじり』ともいい、この『目くじり』が変化して『目くじら』になったわけだ。元来、『目くじらを立てる』ことは、目を吊り上げ鋭く相手を見ることになり、怒った時などの表情を意味していたが、やがて、言葉で責めたり、とがめたりするという意味へ変化していく。

肉をあぶる木製台
●バーベキュー(barbecue)

夏になると、河原や海辺などでする『バーベキュー』が楽しみだ。『バーベキュー』は、肉や魚介類などを直火であぶり焼きしながら食べる料理で、野外料理の定番ともいうものだ。『バーベキュー』の語源は、『肉をあぶる木製台(木製架)』を意味するハイチ語が、スペインで『丸焼き』を意味する“barbacoa”になり、英国で“barbecue”になった。日本ではバーベキューを“BBQ(B.B.Q.)”と略すことが多いが、このほかに、英語圏では“Bar-B-Cue”、“Bar-B-Q”などと略されている。また、『バーベキュー』は米国で、野外パーティー料理として発達し、日本でもアウトドア料理として位置づけられているが、米国で炭火焼きの肉を出すレストランを指すこともある。

2006/08/07

ドシャ降りの雨は直径5ミリ

●雨の降るスピードと雨粒の大きさの関係はどうなのか。車を運転していて、ワイパーが役に立たないようなドシャ降りの雨の直径は約5ミリと大きく、時速は30キロ以上に達する。このような大雨で、傘をささずに歩いたら、悲鳴をあげるに違いない。基本的に、雨の速度は雨粒の大きさによって異なり、大きいほど早くなる。直径0.4ミリの小雨ならば時速約6キロ、直径0.8ミリの普通の雨なら同約12キロになる。また、雨の速度は、雨がどの高さから落ちてくるかにもよっても違い、冬なら地上約2,000m、夏なら地上約5,000メートルから落下してくる。夏の雷雨は上空高くから降ってくるため、粒も大きく、落下するスピードも速くなる。

マヨネーズを消火に利用する


●家庭の火災の原因で特に多いのが、寝煙草と天ぷら油の不始末。長電話をしていて、コンロに鍋を火に掛けているのを忘れて、火災になった例は多い。それでは、不幸にも天ぷら油に火が着いた時の対処法はどうすれば良いか。物が燃える3つの要素は、『可燃物』、『酸素』、『温度』で、この1つでも欠けると火は着かない。天ぷら油に火が着いた時は消火器を使ったり、毛布を使ったりすることが少なくないが、最も簡単なのはマヨネーズの利用で、何とも拍子抜けしてしまう。天ぷら鍋から火が出たら、慌てずに冷蔵庫からマヨネーズを取り出して、容器ごと天ぷら油の中に投げ込めば良いのだ。マヨネーズの容器が溶けて、中身が流れだし、鍋一杯にあふれて火が消えてしまう。つまり、容器からあふれたマヨネーズが油の表面に浮いて『酸素』を遮断し消火するというわけだ。ただし、少量のマヨネーズでは返って炎を大きくしてしまうので、残量を確認することが必要だ。

深海の気圧はすごい


●地表では、通常、大気の圧力は1気圧、つまり1平方センチメートル当たり1キロになる計算だ。それでは海底の気圧はどうか。もちろん、海底ではその深さによって圧力が違ってくる。太平洋の最深部(マリアナ海溝のチャレンジャー海淵など)の1万メートルの深さでは、地表の1,000倍、すなわち、1平方センチメートル当たり1トンに達する計算だ。なお、 水深1,000メートルだと、圧力は約100気圧になり、木片にこれだけの圧力がかかると体積は半分になってしまうとか。また、水深7,000mよりも深い海底では、空気も圧縮されて高密度となり、水よりも比重が大きくなって浮き上がることも出来なくなってしまう。圧縮された空気で地底人が存在していたら面白いが…。 

2006/7/24

馬の睡眠時間は合計4時間
●夏になると不眠を訴える人が多いが、馬は慢性的な不眠症といって良いだろう。というのも、馬の睡眠時間は1日平均約4時間、しかも、それは合計した時間。4時間のうち3時間は浅い眠りで、熟睡するのはわずか約1時間だけだ。 浅い眠りの時、馬は立ったまま寝る。3本足で立ち、残り1本は軽く足を曲げて休ませているという姿勢で、窮屈な寝相だ。

摂氏と華氏の違い
●穀物は天候相場真っ盛り、米中西部の気象情報をインターネットで見ると、気温が華氏で表示されているため、どれだけ気温が高いのか見当がつかず困ったという人は少なくないだろう。日本で使用しているのは摂氏だが、米国などでは華氏で温度を表示する。詳細な解説は省くが、摂氏はスウェーデンのセルシウスという天文学者が1742年に初めて寒暖計を作ったのが由来で、一方の華氏はガブリエル・ファーレンハイトという学者が考案した。なお、華氏をン日本人になじみの摂氏に換算するには、(華氏−32)*0.556の数式を使用すれば良い。

体温はなぜ42度以下か

●健康な人間の体温は36〜37度で保たれている。この体温が維持されるのは、脳にある体温調節中枢が働き、寒いときには発熱量を多くし、暑いときは少なくするなどして体温調節をするからだ。ところが、人間は病気の時に体温が2〜3度上がる。これはウィルスや細菌が体内に侵入すると、プロスタグランジンという物質が出来、体温調節中枢を刺激するためだ。しかし、体温はどこまでも上がるわけではない。インフルエンザなどで体温が39度近くまで上がることもあるが、40度になると脳の活動が正常に働かなくなり、42度になると人間は死んでしまう。ちなみに、42度は人体を構成している細胞内のタンパク質が固まり、元に戻らなくなる温度で、生卵が熱によってゆで卵になるのと同じ原理だ。従って、体温は42度以上になることは極めてまれで、体温計の最高目盛りが42度なのも納得がいく。

異常に高い乾電池の電気代
●乾電池は日常生活に不可欠だが、製品の価格は知っていても、電気代を知っている人はほとんどいないはずだ。電気代の単位は1時間に1キロワット分の電気を使った時の価格をいい、家庭用の1キロワット/時の電気代はおよそ30円。ところが乾電池の場合は、一番大きい単一形の乾電池の電気量は0.015キロワット/時に過ぎない。単一型の価格が150円とすると、1キロワット/時では、何と約1万円にも達し、いかに不経済かが判る。


ことばのルーツ

大きな水をたたえる場所
●海(うみ)
夏といえば『海』を連想する人が多い。この『海』は地球の表面のうち陸地でない部分で、塩水をたたえた場所をさす。海の『う』は『大』、『み』は『水』の意味で、『大水(うみ・おほみ)』を語源とする説が有力だ。『海』を『産み』と関連付ける説もあるが、あまり有力ではない。なお、古代には、『海の果て』を『うなさか』といい、『う』だけで『海』を意味していた。また、現代でいう『海』の意味以外に、池や湖なども『海』と呼んだ。

『ほ』は『火』を表す
●蛍(ほたる)
蛍は、ホタル科の甲虫の総称。世界に約2,000種が分布している。日本ではゲンジボタル、ヘイケボタル、ヒメボタルなど約40種が棲息している。蛍は腹部に発光器を持ち、青白い光を放つことで有名だが、ほとんど発光しない種も多く存在するとか。蛍の語源には、『ほたり・れ(火垂)』、『ほてり・れ(火照)』、『ひたる(火足)』が転じたとか、『ほたる(火立る)』、『ほしたる(星垂)』などさまざまな説がある。これらの説は、蛍の特徴である『光』を基本に考えたもので、『ほ』を『火』の母音交替形とする点でも一致しており、蛍の『ほ』については『火』と考えてよかろう(『星』の『ほ』も『火』が語源と考えられている)。蛍の『たる』については、『火垂』や『火照』の説が有力だが、どれも決定的ではない。

東京特有のことば
●おっちょこちょい
 『おっちょこちょい』は、落ち着きがなく、軽率な行動をするさま、その人自身を指す言葉だ。『おっちょこちょい』は、『おっ』、『ちょこ』、『ちょい』の3つの部分から出来た造語と見られている。おっちょこちょいの『おっ』は、驚いた時などに発する『おっと』と同じ感動詞『おっ』、もしくは接頭語の『お(御)』で、後に続く『ちょこちょい』に合わせたものだ。『おっちょこちょい』の『ちょこ』は、あちこち動き回る様子を表す『ちょこちょこ』の『ちょこ』で、『ちょい』は、わずかなことや簡単に出来る様子を表す『ちょいと』や『ちょっと』と同じ『ちょい』を指す。『おっちょこちょい』は、1800年代後半より使われている言葉で、1910年の『諺語大辞典』では、『デスギ、生意気、軽佻などをいふ意。東京語』とあり、更に、1917年の『東京語辞典』にもこの言葉が見られる。そのように見ると、『おっちょこちょい』は、主に東京で使われていた俗語が全国中に広まって一般的になったと考えられる。

2006/7/17

タコスミ料理がない理由
●イカスミは、『イカスミスパゲティ』に代表されるイタリアン料理食材の定番で、変わったところではイカスミソフトクリームがある。なのに、タコスミが食品に使われないのはなぜか。イカもタコもスミの主成分はセピオメラニンと呼ばれるメラニンの一種で、成分的にはそれほど違いはない。イカスミが料理に使われるのは、うま味成分のアミノ酸が多く含まれているためだ。一方、タコスミ料理がないのは、アミノ酸がイカスミの30分の1程度しか含まれておらず、おいしくないからという理由。また、イカスミは粘り気があるのに対して、タコスミは水っぽく、スパゲッティなどにからませにくいことも、料理に向かないようだ。

白いバターと黄色いバター
●バターを並べると、黄色いものと白っぽいものがある。バターは牛乳の脂肪分を集めて練ったものなのに、なぜ、色が違ってくるのだろうか。色の違いは牛が食べる草の違いによるという。すなわち、青い草をたっぷり食べた牛の乳でバターを作ると、黄色いバターが出来、干し草を食べた牛の乳で作ると白っぽいバターが出来るというわけだ。青い草には、黄色やオレンジ色の色素であるカロチノイド色素が多く含まれ、その色素が牛乳の脂肪に混ざる。そのため、青い草を多く食べた牛の乳で作ったバターは黄色くなる。一方、干し草にはカロチノイド色素が含まれる量が少ないので、白っぽいバターになるという。

南国の花はなぜ赤が多い
●ハイビスカスなど熱帯の花には赤い色が多いが、その理由はなんだろう。花が子孫を残すためには、花粉が雌しべにつく受粉をしなければならないが、植物は動くことが出来ないので、風や昆虫や鳥などに花粉を運んでもらう。そのために、花は色や形や匂いで昆虫や鳥を惹きつける工夫をする。実は、昆虫の多くは赤い色を識別出来ないが、鳥類は赤色を識別出来るだけでなく、赤色を好む習性がある。熱帯地方では昆虫より鳥の方が、花粉を運ぶ割合が高く、しかも、赤い花を好む鳥が多いらしい。

食物は触られると成長が抑制

●植物は触れられると、成長が抑制されるという。それは植物ホルモンの一種、エチレンが植物の成熟や老化を早め、更に植物の生長を抑制する働きを持っているからだ。高山や海岸など、常に強い風が吹くよう場所に生えている木の背丈が低いのは、エチレンによるものと考えられている。風に『常に触られる』ことにより、エチレンが発生し、木の生長を抑制するというわけだ。植物は、ペットのように触って育てるのは禁物といえる。


最年少の世界一
(最年少でパンアメリカンハイウェイを自転車で走った記録)
エマニュエル・ジェネンティッタ(米)は自転車によるパンアメリカンハイウェイ単独走破を達成(261日で約2万4,516km)。その時、18歳と266日だった。

(最年少でのヨットによる単独大西洋横断)
セバスチャン・クローバー(英)は2002年12月19日にスペイン領カナリア諸島のサンタクルス・デ・テネリファをヨットで出発、2003年1月12日にアンティグア・バーブーダのイングリッシュ・ハーバーに到着。この時、15歳と362日だった。

(最年少で両極を訪れた記録)
ジョナサン・シルバーマン(米、1990年6月13日生まれ)は、1999年7月25日に北極に、2002年1月10日に南極に到達した。この時、11歳と211日だった。
(最年少で七大陸全てを旅行した記録)
タニーニャ・ダニエラ・ドンキン(南ア)は2000年11月16日、3歳と319日でアラブ首長国連邦のドバイに降り立った時、七大陸全てに足を踏み入れたことになった。

2006/7/10

家康の上覧花火が江戸で最初

●サッカー・ワールドカップが終わり、そろそろ梅雨明けを意識する頃になった。夏の風物詩といえば花火。あの華麗な火花や腹にこたえる大音量は見物客をしびれさせる。この花火が日本に伝来したのは、織田信長や豊臣秀吉が活躍した天正年間(1573〜92年)で、一説には天文12年(1543年)8月25日に鉄砲とともに伝来したとの説がある。その花火が、江戸で初めてお披露目されたのは、慶長18年(1613年)8月3日、徳川家康の上覧花火だった。家康が江戸に幕府を開いてから10年、長く続いた戦国時代に終焉を打たせての祝砲的な色合いが濃かった。

町民が花火大会を上訴
●家康の上覧花火をキッカケに江戸中で花火が流行し始め、やがて、流行は極度に達し、花火が火災を引き起こす原因になった。また、砲声とまぎらわしい音を出すため、ついに、幕府は慶安元年(1648年)年に、『町中に於て、花火立て申すまじく候、但し、大川筋、海岸の分は苦しからず候』という花火制限令を出すに至った。花火制限令に腹の虫が治まらないのが江戸っ子。御浜御殿のノロシ方をしていた弥兵衛が、享保2年(1717年)年5月28日の水神祭りの余興に花火を打ち上げたいと幕府に申し出て、それが許可され、盛大な打ち上げ花火大会が行われた。

一度中断した花火大会
●両国の川開きに花火大会が行なわれるようになったのは、前出の享保2年説と、享保17年(1732年)が大飢饉となったうえ、コレラの流行でなくなった死者の霊を慰めるため、隅田川沿いの水茶屋が翌18年5月28日の川開きの日に花火を打ち上げたことに因んだという説もある。その後も長く、両国の花火大会は続いたが、交通や住宅事情の悪化を理由に、昭和36年(1961年)に廃止となった。しかし、昭和の江戸っ子も花火大会の再開を熱望、それに応えて、昭和53年(1978)年7月29日、17年ぶりに、『隅田川花火大会』と名称を変えて復活し、毎年、足を運ぶ見物客も少なくない。

『かぎや』と『たまや』
●花火が打ち上げられた時の掛け声は、『かぎや』と『たまや』。ともに有名な花火師の屋号だ。隅田川(当時は大川)の近くに『鍵屋』という名の花火店があり、後にそこから使用人が『玉屋』として独立した。この2大花火師による競演に対する掛け声が『たまや』、『かぎや』なのである。ちなみに、鍵屋にあるお稲荷さんは一方に鍵を、もう一方に玉を持っており、独立した時に玉を譲り受けたのが『玉屋』の由来だ。



ことばのルーツ

入浴時に着る単衣の着物
●浴衣(ゆかた)
『浴衣』は、木綿で作った単衣(ひとえ)の着物のことだ。『浴衣』はそもそも当て字で、『湯帷子(ゆかたびら)』を省略した言葉だという。『湯帷子』は入浴時や入浴後に着る『帷子』のことだ。なお、『帷子』は夏用の単衣の着物を意味し『片枚(かたびら)』とも書かれる。平安中期の『和名抄(倭名類聚鈔)』には、『内衣布で沐浴の為の衣也』とあり、浴衣の原型がその頃にあったことが判る。江戸時代以降は、入浴に関係なく夏に着る単衣を『ゆかた』と呼ぶようになった。

『室』、『湯室』が転じる
●風呂(ふろ)
『風呂』は、入浴するための浴槽やその設備。湯に入って、体を温めたり、体を洗う場所をさす。風呂の語源は幾つかある。具体的には、@物を保存するために地下に作った部屋の『室(むろ)』という説、A茶の湯で湯を沸かすための『風炉(ふろ)』が転じて『風呂』になったという説、B『湯室(ゆむろ)』が転じて、『風呂』になったとする説…などだ。『風呂』は平安時代末頃から存在したが、当時は蒸気を用いた蒸し風呂形式のものをいった。現在のように、浴槽にお湯を張って、体を浸けるようになったのは江戸初期からで、『湯屋(ゆや)』、『お湯殿(おゆどの)』といって、『風呂』と区別されていた。『風呂』の正確な語源はハッキリしないが、『室(むろ)』関連説がやや有力か。

陣兵羽織を着物化
●甚平(じんべい)
 『甚平』は、半袖・筒袖で丈が短く、襟先と脇についた紐を結んで身につける着物で、男性の夏の室内着などに用いられる。『甚平』は『甚兵衛(じんべえ)』とも書くが、そもそもは『甚兵衛羽織』に由来している。『甚兵衛羽織』はは、下級武士が着る木綿綿が入った袖なしの羽織で、陣羽織を真似て作られた。『雑兵用陣羽織』の意味から、『陣兵羽織』となり、やがて、『甚兵衛羽織』になったらしい。つまり、その甚兵衛羽織を着物仕立てにしたものが、『甚兵衛(甚平)』なのだ。『甚平』は、『甚兵衛』という人が作ったとか、着ていたからという説もあるが、字面から勝手に判断されたもので、根拠はない。

『暑』、『成』、『熱』が語源
● 夏(なつ)
『夏』は、四季のひとつで、春と秋の間の季節。現行の太陽暦では6月から8月まで、陰暦では4月から6月までをさす。夏の語源は、
@『暑(あつ)』、A『生(なる)』B『熱(ねつ)』が転じて、『夏』になったとする説がある。

2006/7/3

レフリーの誤審で予選敗退
●サッカーのワールドカップ(W杯)の試合では、レフリーの判定次第で悲喜劇が起こる。ドイツ大会の日本・オーストラリア戦では、日本が中村のゴールで先制、日本中を歓喜させた。後半に明らかにオーストラリアの選手がPKを日本に与えるプレーをしたのに、レフリーはそれを無視、その後に、オーストラリアが8分間に3点を入れて勝利した。試合後にレフリーは誤審を認めたが、それも後の祭り、日本は予選リーグ敗退の憂き目にあった。勝負に『ればたら』は禁物だが、あの時、PKが認められていれば、日本は決勝トーナメントでイタリアと戦っていたはずと思うと口惜しい。

5分も早く終了の笛
●レフリーの失態は記念すべき第1回、ウルグアイ大会(1930年)予選リーグでも起こった。それは、アルゼンチンを相手に1点を追うフランスの猛攻が続き、同点ゴールは時間の問題かと思われた矢先に、隣国をひいきするブラジル人レフリーが残り時間を5分も残したまま、試合終了のホイッスルを吹いたのだ。フランスの猛抗議で5分間の再試合となったが、集中力が切れたフランスは同点に追いつくことが出来ず敗退した。

王子の一声でゴール取り消し
◆これは第12回・スペイン大会(1982年)での出来事だ。予選リーグで、フランスにゴールを奪われたクウェート側が、『スタンドから笛が聞こえたので、プレーを止めた』として、強硬にノーゴールをアピール、しばらくレフリーと押し問答が続くなか、クウェートのファハド王子がグラウンドに降りて抗議したとたん、レフリーは『不測のアクシデント』として、フランスのゴールを取り消した。鶴の一声ならぬ、『王子の一声』の威力は強かったが、今では考えられない出来事だ。

発火筒直撃の負傷は大芝居
●サッカーは選手同士の化かしあいの要素があるが、行き過ぎると笑えない。この事件は第14回イタリア大会(1990年)の南米予選、チリ対ブラジル戦で起こった。観客の投げ込んだ発火筒が1点差を追うチリのゴールキーパー、ロハスを直撃、血だらけのロハスが退場し、これに抗議してチリが試合を放棄したのだ。しかシ、事態は急変、後の調べで、ロハスの狂言だったことが判明したのだ。実は、隠し持ったナイフで自らの額を切って、自分たちに試合が有利に運ぶように演出したというから口がふさがらない。サッカーには、ファールを受けていないのに、大げさに倒れて、ペナルティキックやフリーキックをもらおうとする選手がいるが、これはシミュレーションという反則になる。


ことばのルーツ

7月15日は人間贖罪の日!?
●お中元(ちゅうげん)
『お中元』は、7月初旬から中旬にかけて、日頃、お世話になった人などにお礼に渡す贈り物を意味する。お中元の『中元』は、道教の習俗『三元(上元、中元、下元)』のひとつで、陰暦7月15日(上元は1月15日、下元は10月15日)を指す。道教では、『中元』を人間贖罪(しよくざい)の日と決め、一日中、火を焚いて神を祭る盛大なお祭りが行われた。のちに、仏教の『盂蘭盆会(うらぼんえ)』と混同され、いつの間にか『お中元』は祖先の霊を供養する日になった。江戸時代以降、『お中元』に親類縁者や知人が往来し、盆のお礼として贈り物をする風習が生まれ、現在のように世話になった人に贈り物をする習慣へと変化していく。



書道の上達を祈る
●文月(ふづき)
『文月』は、陰暦で7月のことだ。『文月』の語源は、短冊に歌や字を書き、書道の上達を祈った七夕の行事にちなみ、『文披月(ふみひらきづき)』が転じたとする説が有力だ。また、陰暦7月は稲の穂が膨らむ月であるため、『穂含月(ほふみづき)』、『含月(ふくみづき)』から転じたとする説もある。更に、稲穂の膨らみを見る月であるため、『穂見月(ほみづき)』が転じて『文月』になったとする説もある。



『しちせき』が転じる
●七夕(たなばた)
 7月といえば『七夕』を思い浮かべる人が多いに違いない。七夕は、7月7日の夜、天の川に隔てられた彦星と織姫が、年に一度だけ会うことが出来る…という伝説を背景にした年中行事で、五節句のひとつでもある。そもそも、七夕の行事は、@中国から伝来し奈良時代に広まった『牽牛星(けんぎゅうせい)』と『織女星(しょくじょ)』の伝説、A手芸や芸能の上達を祈願する中国の習俗『乞巧奠(きつこうでん)』…と結びつけられ、日本固有の行事となったものだ。七夕は五節句のひとつとして、宮中では『しちせき』と呼ばれていたのが、のちに『たなばた』と呼ばれるようになった。なお、七夕が『たなばた』と呼ばれるようになったのは、織女の伝説を元にした語源、『棚機つ女(たなばたつめ)』の下略(『つ』は『の』の意味)とする説が一般的である。しかし、古くから農村地域では、豊作を祈って種を撒く『種播祭り(たなばたまつり)』が存在しているため、宮中で行われた『しちせき』が民間に広まった時に混同され、『たなばた』と呼ばれるようになったとも考えられているようだ。

2006/6/26

Wカップ観戦で突然死
●サッカー、ワールドカップ(W杯)ドイツ大会が佳境に入ってきた。世界レベルの素晴らしいプレーに目を奪われる人は多いと思うが、時差の関係で日本や中国など東アジアでは夜遅くから早朝にかけてが試合時間にあたるため、熱心なファンは寝不足のまま、出社したりする。19日付の中国紙『揚子晩報』によると、W杯のテレビ中継を徹夜で観戦して極度な疲労に陥ったり、激しい興奮が原因で、中国国内で数人の死亡者が出たという。浙江省杭州では、連日の観戦で睡眠不足となった高血圧の女性が、 13日夜に韓国がトーゴに勝利したことに興奮、目まいを感じながらシャワーを浴びた後、意識を失って死亡、湖南省長沙や広東省珠海などで20代から60代までの男女5人が同様に徹夜で観戦後に突然死した。中国はW杯に出場していないのにこの騒動、ドイツ大会に出場していたら、死者の数はもっと多かっただろう。

逆転負けに死亡者が続出
●ブラジルはW杯ドイツ大会で優勝候補の筆頭に挙げられている。ブラジルではサッカーが国民的なスポーツで、同国の試合がある日は、金融市場や一般企業が早仕舞するお国柄でもある。1950年のW杯・第4回大会は地元で行われ、下馬評通り、ブラジルが決勝に勝ち上がった。ウルグアイとの対戦で後半に先制ゴールをあげ、ブラジル国民の誰もが初優勝を疑わなかったが、劇的な逆転負けを喫し、スタジアムには自殺者2名と心臓マヒの死者2名の遺体が転がっていたほか、50人以上が自殺ないしは心臓マヒで死亡したというから驚いてしまう。

テレビ観戦に乗じて脱走
●これは第15回(1994年)、アメリカ大会で起きた珍事というか大失態。予選リーグ・C組 ドイツ対スペイン戦のテレビ中継を観戦していた職員の目を盗んで、少年救護院に収容されていた23人全員が一夜にして姿を消したという。職員が試合に夢中になっている間に鉄格子をヤスリで切断、塀を乗り越えて脱走したが、職員は警察がかけつけるまで、全く気がつかなかったという。

ベスト8進出で囚人を釈放
●1970年の第9回メキシコ大会では、開催国メキシコが初のベスト8に進出、国中がお祭り騒ぎとなった。これに大歓喜したのが、重犯罪刑務所のマリアガ所長。メキシコがベスト8を決めると、雄叫びを挙げながら銃を乱射、あろうことか、所内の独房の扉を開いて142人の囚人を解放してしまった。この前代未聞の不祥事も『愛国心からの行動』として、無罪判決が下されたというから呆れてしまう。

2006/6/19

ワールドカップ特需は4,200億円

●サッカーのワールドカップ(W杯)は9日に開幕、連日、熱戦を繰り広げている。2002年の日韓大会と違って、深夜・早朝の観戦スタイルに目をつけた新たな商品やサービスなども出てきて、第一生命経済研究所は、日本国内での経済効果は4,200億円に上ると試算している。深夜・早朝の観戦を充て込んで、常盤薬品工業は、コーヒー2杯分のカフェインで眠気を抑える『眠眠打破』の濃抹茶味を4月に発売、6月の出荷額は従来品と合わせて前年同月比2.5倍を見込んでいるが、12日のオーストラリア戦敗退で、日本の決勝トーナメント進出がかなり厳しくなっており、『取らぬ狸の皮算用』になりかねない。

視聴率はサッカーに軍配
●ビデオリサーチによると、サッカーのワールドカップ(W杯)ドイツ大会で、12日夜に生中継された『日本対オーストラリア戦』(NHK総合、関東地方)の平均視聴率が49.0%に達した。なお、瞬間最高視聴率は、日本が1点をリードしたまま、柳沢選手と小野選手が交代した後半33分の場面で61.2%にハネ上がった。また、日豪戦の視聴率は、今年のスポーツシーンで感動的だったWBC(ワールド・ベースボール・クラッシク)決勝の『日本対キューバ戦』の43.4%を上回った。W杯のこれまでの最高視聴率は、2002年の日韓大会で、日本が初勝利をあげたロシア戦の66.1%(瞬間最高81.9%)だった。この視聴率を抜くかどうかだが、6月18日のクロアチア戦に快勝して、22日(日本時間23日)、ブラジルを倒すことが条件になるが、試合時間が日本時間の午前4時からでは視聴率がそこまで上がるのは難しい。

優勝国の成長率は0.7%押し上げ
●オランダのABNアムロ銀行によると、『優勝国の場合、個人消費などの拡大などで、GDP(国内総生産)の伸び率が0.7%押し上げられ、逆に決勝戦で負けた国は0.3%の成長率の低下が見込まれる』という。また、英国の民間調査機関、CEBR(経済ビジネスリサーチセンター)によると、W杯ドイツ大会は32の出場国・地域に全体で130億ポンド(約2兆7,000億円)の経済効果をもたらす見込みで、このうち開催地域の欧州が113億ポンドを占めるというから、W杯の経済効果は無視出来ない。なお、英大手ブックメーカー(公認賭屋)の開幕直前の掛け率は、@ブラジル3.25倍、Aイングランド7倍、Bドイツ8倍、Cアルゼンチン9倍、Dイタリア10倍…で、日本と韓国はともに21位の201倍の低評価だった。


発明の世界一
(最初の電子レンジ)
1946年、米マサチューセッツ州レキシントンにあったレイセオン社で。研究技師のパーシー・スペンサーが“レーダーレンジ”と名づけられた初めての電子レンジを公開した。

(最初のカラーテレビ)
1928年7月3日、イギリスのジョン・ロージー・ベアードが、イギリスのロンドンにある自分のスタジオで初めてテレビのカラー映像を公開した。

(最初の望遠鏡)
1608年、オランダの3人の眼鏡製造業者が、それぞれ自分が望遠鏡を考え出し、実際に屈折望遠鏡を作ったと主張した。結局、発明者の称号はイタリアのハンス・リッペルスハイに与えられ、1609年、ガリレオ・ガリレイ(伊)がこの発明品を科学界に広く知らせた。

(最初の蓄音機)
蓄音機(レコードプレイヤー)はシャルル・クロ(仏)によって初めて考案され、論文が1877年4月30日に仏科学アカデミーへ提出された。最初の実用的な装置を作ったのはトーマス・エジソン(米)。


ことばのルーツ
中国では黴雨
●梅雨(つゆ)
梅雨(つゆ)は、そもそも6月から7月中旬にかけて、朝鮮南部・長江下流域から、北海道を除く日本列島に見られる雨期のことだ。梅雨は、中国から『梅雨(ばいう)』として伝わり、江戸時代になって、『つゆ』と呼ばれるようになった。『日本歳時記』には、『此の月淫雨ふるこれを梅雨(つゆ)と名づく』とある。なお、中国では、黴(かび)の生えやすい時期の雨という意味で、『黴雨(ばいう)』と呼ばれていた。しかし、カビでは語感が悪く、同じ『ばい』の音で、季節に合った『梅』をあて、『梅雨』になったという節もある。また、『梅の実の熟す時期の雨』という意味で、元々『梅雨』と呼ばれていたとする説もあるようだ。日本で『つゆ』と呼ばれるようになったのは、『露(つゆ)』からと考えられるが、梅の実が熟し潰れる時期であることから、『潰ゆ(つゆ)』に関連付ける説もある。

最初は放送禁止用語
●ハッスル(hustle)
ハッスルは人気プロレスラーの小川直也が流行させた言葉で、本来の意味は『張り切る』、『頑張る』という意味だ。ハッスルは、英語の“hustle”が語源で、『振る』を意味するオランダ語に由来している。『ハッスル』は、1963年(昭和38年)の春、プロ野球の阪神タイガースが米国キャンプを行った際、日本に持ち帰った言葉で、『ハッスルプレー』などと使われた。しかし、『ハッスル』には俗語で『売春婦をする』、『売春婦が客引きをする』、『押し売りをする』などの意味があるため、当初、NHKでは『ハッスル』を放送禁止用語にしていたが、民放が盛んに使用し一般に広まったため、当時の流行語にもなった。

花魁の揚巻が由来
●助六寿司(すけろくずし)
『助六寿司』は、いなり寿司と巻き寿司を詰め合わせものだ。『助六寿司』の『助六』は歌舞伎十八番のひとつ。『助六所縁江戸桜』の通称で、主人公の名前の『助六』に由来する。助六の愛人は吉原の花魁(おいらん)で、その名を『揚巻(あげまき)』という。『揚巻』の『揚』を油揚げの『いなり寿司』、『巻き』を海苔で巻いた『巻き寿司』になぞらえ、この二つを詰め合わせたものを『助六寿司』と呼ぶようになった。なお、助六が紫のハチマキを頭に巻くことから『巻き寿司』に見立て、揚巻を「いなり寿司」に見立てたという説もある。また、『いなり寿司』と『巻き寿司』がこの演目の幕間に出される弁当であったからという説もある。

2006/6/12

1970年まで選手交代はなし
●今でこそ、悪質な反則を犯した選手にレフリーからイエローカードやレッドカードが提示されるのが当たり前になっているが、このルールが実際に適用されたのは1970年のメキシコ大会からだ。この大会から選手交代が認められるようになり、カードでの罰則が適用されるようになった。それまでは、エースストライカーを怪我させる目的で膝を蹴るなど、故意にファールする悪質なプレーが少なくなかったが、そもそも、この大会から選手交代が認められるようになった理由は反則対策からではなかった。実は、メキシコは海抜が高く空気が薄いため、FIFA(国際サッカー連盟)が選手のコンディションを考慮したからだ。具体的には、5人のベンチ入り、2名の選手交代(現在は3名)を認めるようになった。

縦じまと横じまの秘密
●ラグビーの選手が着ているジャージーは横じまの模様が多いが、サッカー選の場合は縦じまが多いという。その理由は、目の錯覚で、ユニフォームが縦じまだと、体が細く見えたり、背が高く見えたり、スピード感があるような印象を与えるからだ。それに対して、ラグビーの“横じまジャージー”は体を大きく見せ、力強い印象を与える。スピード中心のサッカーは縦じま、パワー中心のラグビーは横じまというユニフォームのビジュアル効果には意外な秘密があった。

日本初の国際大会は大敗
●サッカーが日本に伝えられたのは1873年(明治6年)、海軍学校の教師として来日していた英国の海軍少佐ダグラスが東京築地の海軍兵学校の学生にサッカーを教えたことが最初だ。日本サッカーが初めて行なったの国際大会は1917年(大正6年)の第3回極東選手権で、東京高等師範学校が代表として初陣を果たした。相手はフィリピンで、何と15対2の無残な大敗を喫したというから、今では信じられない。また、この大会では中国に5対0で破れている。

裸足禁止で大会参加取りやめ
●シューズはサッカー選手の重要なアイテムで、選手はどの靴を履こうか迷うものだ。しかし、靴より裸足がプレースタイルだった国があったから驚きだ。ワールドカップ第4回ブラジル大会(1950年)では、FIFAが『選手はサッカーシューズを履くこと』という規定を設けたが、インドはこの方針に異議を唱えて大会参加を取り止めた。今考えれば、おかしな理由だが、サッカーは貧しい国にも広がっており、シューズをつけないままプレーする選手たちも多かった。


2006/6/5

芝の刈り方でプレーに変化
●サッカーのスタイルは南米型とヨーロッパ型に分けることが出来る。ちなみに、南米は個人技、ヨーロッパ型は組織プレーが中心だ。もちろん、芝の刈り方によってもプレーが変わってくる。一般的に、南米の芝は深く、ヨーロッパの芝生は短くカットしてある。ドリブルを得意とする南米選手は、ボールに摩擦がかかる深い芝生を好み、速いパス回しが得意なヨーロッパのチームはパスがスムーズに出来る短めの芝を好むとか。今回のワールドカップはドイツで行なわれるが、芝の刈り方が優勝の行方にどう影響するのかに注目したいところだ。

賞金総額が300億円を超える
●サッカー・ワールドカップの賞金総額は3億3,200万スイスフラン、305億円相当とビッグだ。代表チームを送り出した各協会はグループリーグの試合ごとに200万スイスフランを受け取ることが出来るシステムで、試合に出るだけでも大きな収入が得られるまた、ドイツ大会の優勝チームは2,450万スイスフラン、2位には2,250万スイスフラン、そして、3位と4位にはそれぞれ2,150万スイスフランの賞金が授与されるから、選手だけでなく各国のサッカー協会のモチベーションも上がろうというものだ。

インターネット詐欺が横行
●ワールドカップファンを狙うインターネット詐欺が横行している。FIFA(国際サッカー協会)は、複数の詐欺グループが同協会の名を騙って、ニセ物の電子メールを配信しているという。ニセ電子メールは、『くじに当たったので、賞金を振り込むための銀行口座番号などの個人情報を提供するように…』という内容だが、現地時間5月27日に発表した声明文で、『これらのくじはFIFAと何の関係もないし、認可を受けたものでもない』とコメント、更に、くじが運営されていることになっている南アフリカ、スペイン、英国などの地域において、詐欺に注意するよう、関係機関に警告を出したことも明らかにした。ワールドカップを利用したインターネット関連の詐欺、くれぐれも要注意だ。

八咫烏が日本の勝利を約束
●試合前に対戦国のキャプテンが交換するのがペナント。日本サッカー協会が用意しているのは、『八咫烏(やたがらす)』をデザインしたものだ。八咫烏は日本の神話『日本書紀』に登場する伝説のカラスで、日本の初代天皇とされている神武天皇の一団が熊野から大和に攻め入る途中で道に迷った時に、天から舞い降りて一行を大和まで導いたとされ、勝利を約束するカラスとして、日本のペナントに使われている。


割合の世界一
(最も男性の割合が低い国)
人口に対して最も男性の割合が低い国はラトビアで、人口の46%。

(最も女性の割合が低い国)
人口に最も女性の割合が低い国はアラブ首長国連邦で、人口の33.4%。

(最も自殺率の低い国)
世界で自殺率が最も低い国は4ヵ国あり、アンティグア・バーブーダ(1995年)、ドミニカ共和国(1994年)、セントクリストファー・ネービス(1995年)、セントビンセントおよびグレナディーン諸島(1998年)では1年間に1件の自殺も報告されなかった。ちなみに、いずれの国もカリブ海の島。

(最も自殺率の高い国)
1998年、リトアニアでは10万人中87人が自殺し、0.087%という世界で最も高い自殺率を記録した。

(最も交通事故死亡率が低い国)マルタ共和国の交通事故死亡率は10万人に1.6人と世界で最も低い。


2006/5/29

FIFAの名称は仏語
●サッカー・ワールドカップを仕切っている団体がFIFAで、FederationInternatinal de Football Associationの頭文字をとったもので、通常、日本では『国際サッカー連盟』と呼ばれている。サッカーの母国がイングランドなのに、名称がフランス語になった理由は、1904年のFIFA創設時に、当時の初代会長のロベール・ゲラン氏がフランス人だったことによる。FIFA創設の主眼は、当時、急速に世界中へ広がっていったサッカーの世界選手権を開催することだった。サッカーはオリンピックの競技種目だったものの、参加資格はアマチュアに限られていた。そのため、プロも統轄するFIFAでは、南米諸国の水準を更にアップすることを目的に、真の世界チャンピオンを決める大会が必要だと考え始めたが、サッカー界に大きな影響力を持つイギリス系(イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド)が『世界選手権は必要ない』と反発したため、なかなかうまくいかなかった。世界選手権実施が決定されたのは、1928年のFIFA総会で、その時、大会の名称が『ワールドカップ』に決まり、1930年に南米・ウルグアイで第1回ワールドカップが開催され、成功を収めた。これにより、FIFAは確固たる地位を築き、世界のサッカー界を牛耳る大元締となった。

サポーターの意味と役割
●サッカーで重要なのはサポーター。しかし、サポーターは単なるサッカーファンとは違う。サッカーが好きというだけでなく、自分が応援するチームを持ち、勝利を願ってスタジアムに足を運ぶ人たちがサポーターなのだ。テレビで応援する人も広い意味でサポーターと呼ぶことが出来るが、純粋のサポーターから見れば、単なるファンということだろう。ヨーロッパや南米では、ほとんど自分の産まれ育った街のチームをひいきにしているようだ。サポーターによっては、チームの勝利を願って、海外まで出かけていくほど熱を入れ者もいて、試合先に宿泊せず、応援して帰るだけの『弾丸ツアー』まで用意されている。

嫌われ者のフーリガン
●ワールドカップの開催時に、常に問題になるのがフーリガン。フーリガンは応援する気持ちが走り過ぎて暴力沙汰や破壊行為を起こすなど、サポーターやチームにまで迷惑をかけてしまう輩をいう。そもそも、フーリガンとは、イギリスにおいて19世紀末にイギリスで『街頭で非行を働く若者たち』を意味したが、今ではサッカーの専売特許になってしまった。

2006/5/22
敵の頭蓋骨を蹴り飛ばす
●いよいよ、6月9日からサッカーのワールドカップ(W杯)ドイツ大会が開幕する。日本代表となる23人のメンバーが選出され、これから6月にかけては新聞、テレビなどのマスメディアはW杯の話題で盛り上がりそうだ。そもそも、サッカーの起源はどうだったのか。実は、ローマ皇帝時代、イギリスの兵士が憎き敵国の奴隷の頭蓋骨を、憎さ余って蹴り飛ばしていたことが起源だという説がある。他には、紀元前からある中国の蹴鞠(けまり)や、古代ローマやギリシャで木製のボールを蹴って遊んでいたことなどが挙げられる。現在のようなスポーツになったのは、1848年にケンブリッジ大学でルールが制定されてからだ。ちなみに、日本のサッカー事始めは1873年(明治5年)、海軍のイギリス人教師が訓練の息抜きとして、日本人学生に教えたことが端緒だった。

サッカーが誘因となった戦争
●サッカー関係者のなかには、『サッカーW杯は対戦国同士の戦い』と称し、代表メンバーを鼓舞することが多い。しかし、これがエスカレートして、対戦国同士の戦争にエスカレートしては洒落にならない。1960年代に、国境問題やエルサルバドル系農民のホンジュラスでの不法滞在を巡って、両国の関係は悪化していたが、それに火を注いだのが、1969年(昭和44年)6月27日にメキシコシティで行なわれたサッカー・W杯メキシコ大会の予選準決勝プレーオフだ。両国の対戦は白熱、エルサルバドルがホンジュラスに3対2で勝利したが、これを契機にホンジュラス国内の反エルサルバドル感情が高揚して、試合終了後、ホンジュラス政府は国内に居住する全てのエルサルバドル人不法入国者を対象に強制送還を開始した。これに呼応したエルサルバドルが7月10日にホンジュラスを爆撃、戦争に入り、死者は数千人にも及んだ。同年7月29日に停戦が成立したが、両国の関係が正常化したのは2006年4月18日とつい最近のことだ。

苦肉の策だった白黒ボール
●サッカーといえば、白と黒のまだら模様のボールを連想する。もともと、サッカーボールは、日本では茶色一色が主流だった。しかし、当時、日本は土のグラウンドが多く、ボールがグラウンドと同化して見えにくかった。そのため、某スポーツ用品会社が1966年に白黒のサッカーボールを発売し、『土のグラウンドに白黒のボールだと見やすい』という理由で、あっという間に日本中に広まり、サッカーボールといえば白黒のまだら模様のボールをイメージするようになった。

天体の世界一
(肉眼で見える最も重い恒星)
肉眼で見える最も重い恒星の1つが“竜骨座η(エータ)星”。地球から約9,000光年の距離にあり、太陽の100〜200倍と考えられる重さを持つ6.21等星の星。

(銀河系最古の恒星)
銀河系で最も古い恒星は“HE0107−5240”。2002年、ノーバート・クリストリーブ(独)が率いるグループが確認した。地球から約3万6,000光年離れている巨大恒星で、期限は130億年以上、前まで遡ると考えられる。

(最も明るい天体)
宇宙で最も明るいと考えられているクエーサー(遠方にありながら恒星のように明るく見える天体)は“APM08279+5255”。太陽の4,000兆〜5,000兆倍明るく、ほかに発見されているクエーサーに比べても10倍明るいと考えられる。

(宇宙で最も遠い天体)
2002年3月15日、約130億光年の距離に銀河(HCM 6A)が発見された。年齢は約7億8,000万歳。

2006/5/15

マツダはローマ字でMAZDA
●日本の大手自動車メーカーの『マツダ』は、アルファベット表記になると“MATSUDA”及び“MATUDA”ではなく“MAZDA”になる。それでは、『ツ』の部分を『Z』と表記するのはなぜだろうか。『マツダ』によると、社名は西アジアの文明発祥とともに誕生したゾロアスター教の最高神、『アフラ・マズダー(Ahura Mazda)』に由来しており、『ツ』の部分を意識して『Z』にしたらしい。『マズダー』を東西文明、自動車文明のシンボルととらえ、自動車産業の先行きの明るさを願って命名したそうだ。もちろん、創業者である松田重次郎の姓にもちなんでいるが、無理やり、アフラ・マズダーにはめ込んだというのが正直なところだろう。

1人の騎馬武者に馬数頭
●戦国時代を舞台にしたテレビなどを観ると、合戦で騎馬武者が壮絶に死ぬシーンがあるが、それでは主人を失った馬はその後どうなるのだろうか。戦国時代に詳しい専門家によると、『騎馬武者が一騎打ちで戦った平安・鎌倉時代は、騎馬武者が殺されると、残った馬や家来は主人の騎馬武者を倒した相手方に連れて行かれ、その配下に入ったのではないか』という。ところが、時代が進んで室町時代や戦国時代のように集団戦が行われるようになると、全く事情が違ってくる。このころになると、槍やなぎなたなどの長さのある武器を使い、騎馬武者よりも体の大きい馬を標的にし、馬の足をまず攻撃する戦法が主流になる。馬が使えなくなってもすぐに戦えるように、戦場では1人の騎馬武者につき、足軽が2〜3頭の替え馬を引き連れていた。つまり、戦国時代は1人の騎馬武者が数頭の馬を引き連れていたと推測される。

東が西より格上なのはなぜ?
●相撲の番付は東と西に分かれ、東の方が西より格上になっているが、その理由は何だろうか。東が格上なのは相撲の歴史と関係がある。日本の相撲の歴史は古く、奈良、平安時代に形が出来上がった。奈良時代、聖武天皇の時代に、宮中で天皇の前で相撲大会を実施し、豊作などを祈願する『節会相撲』が始まった。『節会相撲』は旧暦7月7日に催され、季節柄、豊作以外にも、『干ばつや台風などの災害がこないように…』にと、五穀豊穣の祈りが込められていた。この『節会相撲』で天皇が座る方角が北側で、これが正面になり、南側が向こう正面となった。当時の官職は、天皇から見て左側が格上で、例えば、左大臣と右大臣では左大臣が上の位だった。このため、相撲でも天皇から見て左側、つまり東が格上となったわけだ。


ことばのルーツ
手紙の一節
●若いツバメ

『ツバメ』に飛ぶ鳥以外に違う意味があるのをご存知だろうか。それは『若いツバメ』で、年上の女性の愛人となる若い男を意味する。『若いツバメ』の語源は、明治時代の婦人運動及び女性解放運動の先駆者、平塚雷鳥と年下の青年画家、奥村博史の恋に由来する。雷鳥が年下の奥村と恋に落ちたことで、雷鳥を尊敬する支援者の間で大騒ぎとなり、奥村は身を引くことになった。その時、奥村から雷鳥にあてた手紙に、『若い燕(ツバメ)は池の平和のために飛び去っていく』と書いたことから流行語となり、女性の年下の愛人を『若いツバメ』と呼ぶようになった。


算盤用語がルーツ
●にっちもさっちも

『にっちもさっちも』は、『どうにも出来ない様子』や『どう工夫しても、行き詰って身動きが取れない状態』を意味する言葉で、『にっちもさっちもいかない』という使い方をする。実は、『にっち』も『さっち』も算盤(そろばん)用語が語源だ。つまり、『にっち』は『二進(にしん)』、『さっち』は『三進(さんしん)』の音が変化した言葉である。『二進』は2割る2、『三進』は3割る3のことで、ともに割り切れ、商に1が立って計算が出来ることを意味していた。そこから、2や3でも割り切れないことを『二進も三進もいかない』というようになり、商売が金銭面でうまく行かないことの意味になり、最終的に身動きがとれない意味へと変化した。

なぜ、『二才』なのか
●青二才

『青二才』は、年が若く、未熟な男性をののしっていう言葉だ。『青』は『青臭い』や『青侍』などと用いられるように、未熟な者を表す接頭語だが、なぜ『二才』なのか。『青二才』の『二才』には二通りの説があり、正確な語源は未詳だ。ひとつは若者組(現在の青年団)に入る新顔を『新背(にいせ)』と呼び、それが訛って『にさい』になったとする説。新参者を馬鹿にする言葉として『青にせー』という言葉が生まれ、『五才』を『ごせー』、『六才』を『ろくせー』ということから、『二才』の字があてられ、『青二才』になったとされる。ちなみに、九州南部では、若者を『にせー』や『にさい』とも呼ぶ。もうひとつは、ボラなどの稚魚を『二才魚』、『二才子』、『二才』などと呼ぶことから、『青二才』になったとする説で、一般的にはこの説が青二才の語源として有力視されている。

ハマグリをひっくり返す
● ぐれる

『ぐれる』は、少年や青年が反社会的・反抗的な行動をとることや不良になることを指す。『ぐれる』は『ぐれはま』の『ぐれ』に活用語尾『る』を付け、動詞化したものである。『ぐれはま』は『蛤(ハマグリ)』をひっくり返して出来た言葉だ。なお、『ぐれる』はハマグリの貝殻をひっくり返すと合わなくなることから、物事が食い違うことを意味するようになった。

2006/5/1

『ぞうきん』がダスキンに!!
●ダスキンは、化学ぞうきんや掃除用具のレンタル、さらに“ミスタードーナツ”を経営する企業で、1962年に『サニクリーン』という名で設立登記、翌1963年に『ダスキン』に社名変更される。初めは『ぞうきん』という社名になる予定だったが、社内の猛反対にあって英語で『ぞうきん』を意味する“ダストクロス”と“ぞうきん”を掛け合わせたダスキンになった。ちなみに、ブランド名“DASKIN”の“I”は正式には感嘆符の“!”だとか。

SBは太陽と鳥に由来する
●カレールーやスパイスで有名なエスビー食品は、日本で初めて純国産のカレー粉の製造に成功した山崎峯次郎が、1923年(大正12年)に『日賀志屋』として、浅草七軒町に創業した。1930年に『太陽』と『鳥』を図案化した“ヒドリ印”を商標とし、これには、『社運が日が昇る勢いであるように、また鳥が自由に大空をかけめぐるように、自社製品が津々浦々まで行き渡るように』との願いが込められていた。その翌年1931年には、ヒドリ印から『太陽=SUN』と『鳥=BIRD』の頭文字である『S&B』が商標となり、1949年に『エスビー食品』に社名変更された。

二大かつらメーカーの社名
●男性かつらの有力メーカー、アデランスは1968年(昭和43年)に、根元信男、平川邦彦、大北春男によって創業された。社名のアデランス(Aderance)は、フランス語で『くっついている』を意味する言葉で、従来の“かぶる”かつらではなく“つける”かつらが社会に認知されるという願いを込めて命名されたという。アデランスのライバル、アートネーチャーは、1965年(昭和40年)に阿久津三郎が日本初のオーダーメード男性用かつら販売業を個人営業で創業、1967年(昭和42年)にアートネーチャーを設立した。アートネーチャーの社名の由来は、かつら製造にあたり『自然(NATURE)な芸術品(ART)』にこだわったことだ。

ひばりが丘がすかいらーく
●ファミリーレストランの草老舗といえば『すかいらーく』。1962年(昭和37年)に茅野亮が、東京で乾物を扱う『ことぶき食品』を創業、1970年に小さな店を田無市(現在西東京市)のひばりが丘に出店、ひばりの英名にちなんで『スカイラーク』と命名した。1970年(昭和45年)に『すかいらーく』1号店(国立店)を出店、ファミリーレストランの草分けとなった。1974年(昭和49年)に社名を現在の『すかいらーく』に変更した。


ヘリコプターの世界一
(最も長いヘリコプターの飛行)
1966年4月6日、ロバート・フェリー(米国)は、FAI(国際航空連盟)の規則に従ってヒューズYOH−6Aヘリコプターを操縦、米カリフォルニア州カルバーシティからフロリダ州オーモンド海岸まで、3,561.6kmの距離を途中で燃料補給せずに飛んだ。

(最大のヘリコプター)
ロシアのミル12は、直径67mのプロペラを備えた、長さ37m、重さ103.3トンの最大のヘリコプター。試作の機体は。1971年のパリで開催された航空ショーで公開されたが、製品化はされなかった。

(ヘリコプターによる最高速度)
FAIの規則に従って記録されたヘリコプターの最高速度は、ジョン・トレバー・エジントンと副操縦士のデレク・J・クルーズ(ともにイギリス)によって達成された平均時速400.87km。この記録は1986年8月11日、イギリス・サマーセットのグラストンベリー上空で、ウェストランド・リンクス(英仏共同開発で作られたヘリコプター)の宣伝用機によって達成された。

2006/4/24

虫歯のない強い獣がライオン
●歯磨きや石鹸、家庭用洗剤で有名な『ライオン』は1891年(明治24年)10月に『小林富次郎商店』として創業された。その後、分社と統合を経て、1980年(昭和55年)に現在の『ライオン(株)』が誕生した。なお、ライオンの社名になったのは、創業時に評判だった『獅子印ライオン歯磨き』を意識してのことで、ライオンは百獣の王で、歯が強く、虫歯がないことから社名に選ばれた。

朝も夜も歯を磨くサンスター
●ライオンと並んで有名な歯磨き、家庭用品メーカーの『サンスター』は、1941年(昭和16年)、自転車用ゴム糊の製造・販売会社 『帝国合同護謨工業』』として誕生した。 1946年、粉末歯磨剤が主流だった時代に金属チューブ容器の開発に成功、チューブ入り練り歯磨剤を製造し発売した。サンスターの社名の由来は、朝の太陽(サン)、夜の星(スター)を合わせたもので、消費者に自社製品を使って、毎朝晩、歯を磨いてもらいたいとの願いが込められているようだ。

水野と美濃が美津濃になる
●スポーツ用品メーカー美津濃の前身は、1906年(明治39年)、水野利八と弟利三とともに設立した『水野兄弟商会』。事業の発展を受けて1923年(大正12年)、『美津濃運動用品』となり、1942年(昭和17年)に現在の社名に変わった。ミズノの由来は、創業者の苗字水野と出身地の美濃を合わせたものだ。

資生堂は易経の一部から命名
●1872年(明治5年)、漢方薬が主流の時代に、福原有信が東京・銀座に創業したのが日本初の洋風調剤薬局、『資生堂』だ。そして、1897年(明治30年)には今日の資生堂を支える化粧品事業に進出、世界のSHISEIDOとして知られるようになる。なお、資生堂という社名は、中国の古典『易経』の一節『至哉坤元万物資生』に由来している。この一節には、『大地の徳は大変素晴らしいものであり、全ての物はここから生まれる』、資生堂の企業ポリシーを感じ取れる。

特別な精製化学薬品
●化粧品、健康食品などの通信販売で有名な『FANCL(ファンケル)』は、1980年(昭和55年)4月、『ファンケル化粧品』を創業し、化粧品の通信販売を開始した。翌1981年8月に『(株)ファンケル』を設立、化粧品の通信販売だけでなく、健康食品の販売や店舗販売まで手掛けるようになった。“FANCL”という社名は、英語の“FANCY”(=特製の)と“FINE CHEMICAL”(=精製化学薬品)を合わせた造語に由来しているとのことだ。

2006/4/17

発明の世界一
(最初のCD)
コンパクトディスク(CD)の標準規格は、1980年にソニー(日本)とフィリップ社(蘭)によって初めて提案され、1981年、CD標準化デジタルオーディオディスク懇談会によって承認された。最初のCDが世間に登場したのは、欧州と日本で1982年秋、米国で1983年。

(最初の携帯電話)
携帯電話という発想を生んだのは、1947年、米ニュージャージー州にあるルーセントテクノロジー社のベル研究所。実際に携帯出来る電話を発明したのは、モトローラ社のマーティン・クーパー(米)。1973年4月3日、彼が発明後最初に電話をかけた相手は、ライバルであるベル研究所の研究部長、ジョエル・エンゲルだった。

(最初のラップトップパソコン)
最初のラップアップパソコン(膝の上で操作出来るような持ち運び出来るパソコン)と考えられているのは、1979年にウィリアム・モグリッジ(英)がグリッドシステムズ社(米)のためにデザインし、1982年に公開された。

2006/4/10

アップルの由来は諸説あり
●“Apple”ことアップル・コンピュータ社は、1977年1月、米国・カリフォルニア州にスティーブン・ジョブス氏によって創立され、パソコンだけでなく、音楽プレーヤーのiPodでも有名な企業に成長した。社名の由来には諸説ある。設立者が少年時代、りんご畑に囲まれて育ち大好物がリンゴだったこと、電話帳の前の方に載せるために“A”で始まる代表的な単語を選んだこと、さらにアップル社の製品が人々に知恵を授ける点とアダムとイブが食べた知恵の実(リンゴ)が関連付けられたという説だ。ちなみに、アップルのロゴはりんごが一口かじられたイメージになっているが、これは“bite”(=噛む)と“byte”(=バイト、デジタル情報の単位)をかけたものだ。

SEIKOは精工舎がルーツ
●日本の時計メーカーとして世界的に有名なのが“SEIKO”(セイコー)だ。創業は1881年、そして1913年に初の国産腕時計を発売した。1969年には世界初のクオーツウオッチを発売し、また今日では数々の国際的なスポーツ大会で公式計時を担当している。同社は時計事業以外にも、メガネやゴルフクラブ、電気シェーバーなどの商品事業を手がけている。“SEIKO”のブランド名は、創業時に時計製造工場として命名されたセイコー株式会社の前身、『精工舎』に由来している。

世界の市民のためがモットー
●SEIKOと並ぶ日本の時計メーカーが“CITIZEN” (シチズン時計)だ。シチズン時計株式会社の前身は、1918年3月に設立された尚工舎時計研究所で、1930年5月に“CITIZEN”(シチズン時計)が東京に設立される。“CITIZEN”ブランドは時計だけでなく、液晶テレビや健康機器などの情報・電子機器事業にも浸透しており、“CITIZEN”のブランド名の由来は、世界の市民(=CITIZEN)により良い製品・サービスを提供することを使命としている点に由来している。

BMWの前身はBFW
●自動車のBMWは、1916年3月にドイツ・バイエルン州で設立された“Bayerische−Flugzeug−Werke” (BFW)が前身だ。1922年にBMWによって買収されたが、BWFとしての歴史がそのまま受け継がれ、乗用車だけでなく金融業まで手がける、世界でも指折りの規模を誇る自動車メーカーになっている。ちなみに、社名の“BMW”は、Bayerische(バイエルン州の)、Motoren(自動車の)、Werke(工場)の頭文字をとったものだ。

2006/4/3

大きな地球をカバーする
●1996年7月にNECが開始したインターネットサービスが “BIGLOVE”(ビッグローブ)だ。プロバイダーとしてだけではなく、検索サービスやニュースなどのポータルサイトとしても国内屈指のサイトになっている。“BIGLOBE”の名前の由来は、“BIG”+“GLOBE”の造語で、大きな(BIG)地球(GLOBE)を全てカバーするマルチメディアネットワークを用いたNECによる付加価値のある幅広いサービス提供を意味している。なお、NECはBIGLOBEの分社化を検討している。

誤解され続けた社名の由来 
●1986年にパソコン通信サービスとしてスタートしたのが『エヌ・アイ・エフ』で、1991年に『ニフティ』に社名を変更する。国内を代表するインターネット・プロバイダーであると同時に、多種多様なコンテンツを提供していることで有名だ。“NIFTY”(ニフティ)は、『エヌ・アイ・エフ』設立当初の出資会社の日商岩井の頭文字“NI”と、富士通の頭文字“F”に由来しているとの説がネットワーカーの間で広がっていたが、ニフティ側が否定している。“NIF”は、“Network Information Forum”、それに接辞語の“ty”をつけて、英語の『かっこいい』、『粋な』という意味を加えたのが“NIFTY”の真の由来らしい。

運営会社の略語がソネット
●1995年にソニー、ソニー・ミュージックエンタテインメント及びソニー・ファイナンスインターナショナルの3社の出資によってスタートしたインターネット接続サービスが“SO−NET”(ソネット)だ。SO−NETは愛玩電子メールソフト、ポスペこと“PostPet”(ポストペット)や、オンライン決済システム“Smash” (スマッシュ)など、特徴あるコンテンツを提供してきた。サービス名での“SO−NET”は運営会社ソニーコミュニケーションネットワークの略語から来ている。

『プララーザ』が『ぷらら』に
●1995年、NTT東日本、セガ、ソニー、JVC、ヤマハの5社が中心になり設立されたのが『ジーアールホームネット』。2000年5月に、『ぷららネットワークス』に社名変更された。『ぷらら』は広場を表す“Plaza”と楽しげな感情を表す“LALA”を組み合わせ、『プララーザ』(PLALAZA)にとしようとしたが、そのうち『ぷらら』に省略されるのではないかということもあり、最初から『ぷらら』になった。


帆船の世界一
(最大の帆船)
帆船(帆を張って風の力で走る船)が主だった時代に造られた最大の船は、1911年に仏のボルドーで造られた“フランス2世号”。5本のマストを持つ鋼鉄製で、全長127.4m、載貨重量トン数(運べる荷物の量)8,000トン。1922年7月12日、ニューカレドニア沖で難破した。

(最も古い現役の帆船)
現在も航海している最も古い帆船は“スター・オブ・インディア号”とされる。3本のマストを持つ鋼鉄製で、重さ1,200トン。1863年に英・マン島の全装帆船エウテルペ号として作られたもの。

(最も速い帆船)1993年10月26日、豪・ビクトリア州メルボルン近くのサンディポイントで、船による500m航行の速度測定が行なわれた。この時、三重翼船のイエローページ・エンデバー号が46.52ノット(時速86.21km)の記録を達成した。

(最も高いマストを持つ帆船)
長さ75.2mの豪華ヨット“ミラベラ5世号”には、高さ90mのマストがある。マストの大きさでいうと史上最大の帆船。

2006/3/27

DoCoMoの名前の由来
●NTT DoCoMo(ドコモ)は1992年に前身の『NTT移動通信網株式会社』としてスタートした。DoCoMoの由来は“Do Communication over the Mobilenetwork”(=モバイルネットワークでコミュニケーションしよう)で、更に『どこでも誰でも』という気持ちが込められている。ちなみに、“FOMA”はFreedom Of Mobile multimedia Access“、『iモード』の『i』はインタラクティブの『i』、インフォメーションの『i』、インターネットの『i』、そして私の『i』。どうせなら、DoCoMoからユーザーに対して限りない『愛(i)』を注いで欲しいものだ。

声とデータと電話の造語 
●最近、ソフトバンクの買収で話題になっているのがボーダフォン。創設は古く、1991年に『東京デジタルホン』が設立され、更にデジタルホン3社とデジタルツーカー6社が『J-フォン』に社名変更、全国統一ブランドとして1999年にスタートした。2003年10月にJ-フォン株式会社は『ボーダフォン株式会社』に社名変更される。なお、ボーダフォンの英語名“VODAFONE”は“VOice”(声)の“VO”、““DAta”(データ)の“DA”、“PHONE”(電話)の“FONE”を合わせた造語で、これら3つの要素を合わせたものがブランド名。ちなみに、ロゴになっている火の玉のようなマークはスピーチマークといい、会話を意味するクォーテーションマークをデザイン化したものだ。ボーダフォンのボーダはボーダレス(Borderless)からとったものだという説もあるが、社名の始まりは“V”で、“B”ではないことから誤りであることがハッキリ判ろう。

三社合併を表すKDDI
●1984年に創業され、auやDIONを有する国内屈指の通信サービス会社がKDDIだ。1953年にKDDIの前身の1つであるKDD(国際電信電話株式会社)が設立され、1984年にDDIが第二電電企画として設立された。その後、KDD株式会社と第二電電株式会社、更に日本移動通信株式会社が合併し、2001年にKDDI株式会社に社名変更される。KDDI株式会社の名前には、DDI、KDD、IDOの3社合併の名残りが現れている。なお、“au”の意味だが、出会いを通じてすべての価値が集い合う世界の実現を『会う』に始まり、『合う』に行き着く…という意味合いを“au”(あう)の2文字でシンプルに表現した。また、access、always、amenityなどの“a”と、unique、universal、userなどの“u”で構成したともいわれている。

2006/3/20

*NATIONALは国内用*
●松下電器の創業者・松下幸之助氏が1925年に“国民の”、“国民のための(=NATIONAL)”の意を込めて商標にしたのが“NATIONAL”ブランドだ。最初に使用されたのは角型ランプだった。現在 “NATIONAL(ナショナル)”ブランドは日本国内のみで使用され、アプライアンス商品(家庭電化商品、空調・設備機器、受配電システム、給湯暖房・厨房機器、健康システム、照明機器、環境システム、等)などに使用されている。

*輸出用スピーカーから始まった*
●PANASONIC(パナソニック)は1955年に松下電器の輸出用スピーカーに最初に使用されたブランド名だ。現在はグローバルブランドとして、全地域・全商品で使用されている。ブランド名PANASONICの名前の由来は、“PAN”=『すべて』を意味する接頭語と、“SONIC”=『音』を組み合わせた造語で、ここにも輸出用スピーカーの香りがする。

*世界意識したソニー*
●世界のトップ企業、ソニーは1945年に『東京通信研究所』としてスタートした。SONY(ソニー)のブランド名は、“SOUND”(=音)や“SONIC”(=音速)の語源となったラテン語の“SONUS”(ソヌス)と、小さい坊やと言う意味の“SONNY”を掛け合わせた造語だ。設立まもなくから世界戦略を考えていたソニーでは、外国人にも発音してもらいやすい名前、ということで選んだらしい。なお、『SONY(ソニー株式会社)』としてのスタートは1958年からになる。

*合併した会社を組み合わせ*
●東芝は、1875年に創設された田中製造所と1890年に創設された白熱舎が合併、その後、改名して今の東芝になった。それぞれ芝浦製作所と東京電気に改名し、1939年2つの会社が合併し、両社の名前を組み合わせて東京芝浦電気株式会社が発足、そして1984年に現在の“TOSHIBA(東芝)”に改称された。

*創業者の名前が社名*
●CACIOは1946年4月、カシオ計算機の創立者である樫尾忠雄氏により東京都三鷹市に『樫尾製作所』が設立され、その後1957年6月にカシオ計算機株式会社が設立され、計算機事業を核としたビジネスをスタートさせた。その後はG−ショックに代表される時計事業やデジカメ事業などでビジネス展開を推進している。正式社名はカシオ計算機だが、いまはCASIOの方がポピュラーだ。なお、CASIOの名前の由来は、創業者である樫尾(かしお)忠雄氏から来ている。


インターネットの世界一
(最初のコンピュータウイルス)
自動的に増え続ける初めてのコンピュータウイルスは、1983年11月11日に、米マサチューセッツ工科大学の学生、フレッド・コーエンが流したもの。

(最初の電子メール送信)
1971年、米マサチューセッツ州ケンブリッジにあるコンピュータ会社ボルト・ベラネック・ニューマン社のレイ・トムリンソン(米)は、2つのコンピュータ間でメッセージの交換が出来るかどうかを確かめるために実験的にメッセージを送ってみた。メッセージの内容は、パソコンのキーボードの上段のキー、『QWERTYUIOP』。

(最も古いスパムメール)
世界で初めてのスパムメール(自動的に沢山送られる迷惑メール)は、1978年5月3日12時33分に、デジタル・エクィップメントシャ(米)勤務のゲイリー・チュルクによって送信された。米国防総省のARPAnet(高等研究計画局ネットワーク)の397の電子メールアカウントに新しいコンピュータの売り込みメールが送られた。

2006/3/6

兵器の世界一
(最初の戦車)
最初に作られた戦車は、イギリスのリンカーンシャー、リンカーンにあるウィリアムフォスター社がつくったリンカーンマシーンで、1915年9月6日に初めて走った。また、実際に戦車が戦闘に参加したのは、第一世界大戦中の1916年9月15日。リンカーンマシーンをもとに改良を重ねたマークT“オス型”(大砲が装備されている戦車)が重火器隊の機関銃部隊として参戦した。

(最初の航空母艦)
甲板の長さいっぱいに滑走路を設けた最初の航空母艦は、1918年に進水したイギリス海軍のアーガス号。長さ172mの航空甲板を持ち、20機の飛行機を積むことが出来た。

(最初の原子力潜水艦)
世界で最初の原子力潜水艦は、1954年1月21日に進水した米海軍のノーチラス号。長さ98.7m、幅26.8m。95人の下士官と10人の将校の乗組員を乗せ、20ノット(時速37km)以上のスピードを出すことが出来た。

2006/2/27

電話関連業が富士通の前身 
●汎用大型コンピュータ及びパソコンのトップメーカーである富士通は、1935年、富士通信機製造株式会社の電話部所管業務を分離して設立された。同社は電話機製造で業績を伸ばし、1967年に『富士通株式会社』に社名を変更した。富士通の由来は、親会社の富士電機を設立した古河電工の“フ”と、シーメンスをドイツ語読みしてジーメンスの“ジ”、そこに通信会社の“通”をあわせて、『FUJITSU(富士通)』になった。今では、コンピュータの大手メーカーとしてNECと覇権を競い合っている。

NECは外国との合弁会社
●富士通のライバル会社がNEC(日本電気株式会社)。NECは1899年に、米国ウェスタン・エレクトリック社(WE社、現ルーセント・テクノロジーズ社)との日本初の外国資本との合弁会社として設立された。同社はパーソナルコンピュータの“PC−98シリーズ”を始め、多くの人気商品を生み出したほか、富士通同様、国産の汎用コンピュータの大手メーカーとして君臨している。なお、NECの社名の由来は、WE社が日本でビジネス展開するという意味を込めて、“NIHON Electric CORPORATION”のN、E、Cの頭文字を並べたものだ。

シャープペンシル発明が誇り
●液晶テレビで大きなシェアを持つシャープの前身は、洋服のベルトを止める独自のバックル『徳尾錠』を考案した早川徳次が、東京本所松井町で、資本金50円足らず、 従業員3名で創業した町工場だ。1915年に、金属繰り出し式の鉛筆を発明、“エバー・レディー・シャープペンシル”の名で一世を風靡した。1935年に株式会社組織に改め、 株式会社早川金属工業研究所を設立した。その後、業容の変化に伴い、『早川金属工業株式会社』、『早川電機工業株式会社』と社名を変え、1970年に現在の『シャープ株式会社』となった。シャープの社名のルーツは『シャープペンシル』、世界で初めて繰り出し式鉛筆を発明した誇りが社名に滲み出ている。

鉱山の修理工場が日立
●日本を代表する『日立』は1910年に、久原鉱業所日立鉱山付属の修理工場として発足、当初は変圧器や電流計なども製造していた。1920年に『日立製作所』として独立し、その後、合併、吸収を繰り返し業容を拡大、多くのグループ会社を抱える国内屈指のパソコン・家電メーカーになっている。もちろん、『Hitachi(日立)』という社名の由来は、日立市の日立鉱山から来ている。



ことばのルーツ
竹木に姓名を刻む
●名刺
ビジネスマンの必需品が名刺。名刺は武士の刀と同じで、ウッカリ持ち忘れると恥をかくだけでなく、出世のチャンスをみすみす逃しかねない。その名刺の歴史は古く、7〜8世紀、中国・唐の時代に遡る。唐時代の名刺は紙ではなく、竹木を削って姓名を刻んだもので、『刺』と呼ばれていた。そこから、名札のようなものを『名刺』と呼ぶようになり、日本でも『名札』や『名紙』ではなく、『名刺』という言葉を用いるようになった。江戸時代以前の名刺は和紙に墨で手書きされたものが主流で、印刷された現在のような名刺を使用するようになったのは開国前後からで案外新しい。

惑星の並びがもたらす病
●インフルエンザ
インフルエンザは風邪の一種で、ウィルスの種類が異なるため、高熱が出るだけでなく、悪化すると脳炎や心不全などをもたらす恐れのある感染症をさす。そもそも、インフルエンザの語源は、『星の影響』を意味するイタリア語“influence”。昔、イタリアでは、占星術師が『惑星の並び』がインフルエンザの原因としていた。

中国ではすべてが雄!?
●牡蠣(かき)
冬の食材に欠かせないのが牡蠣。生でも鍋でもフライでも楽しめる牡蠣は、イタボガキ科の二枚貝の総称で、海中の岩などに付着している。ミネラル分が豊富で『海のミルク』ともいわれている。牡蠣の語源は、『掻き』落として取ることから『かき』になったという説や、殻を『欠き』砕いて取ることから『かき』になったとする説がある。漢字の『牡蠣』は、『蠣』だけで『かき』を意味するが、中国では『牡蠣』が全て『雄』と考えられていたため『牡』の字が付けられたらしい。牡蠣は同一固体に雌雄性が交替に現れる卵生か、卵胎生の雌雄同体で、外見上の生殖腺が同じであるため、全て『雄』に見えたため『牡蠣』になったようだ。

テキ屋の隠語
●ガセ
武部自民党幹事長次男の疑惑メールに対し、『ガセネタ』と反抗したのが小泉首相。『ガセ』は、元来、テキ屋の隠語として使われていた言葉で、1915年の『隠語輯覧』に掲載されている。『ガセ』の語源は『お騒がせ』の『がせ』。本物ではないのに人騒がせなモノということで、『偽物』の意味になった。なお、間違った情報を意味する『ガセネタ』は1929年の隠語の集成『香具師奥義書』に見られる。

サイコロ賭博がルーツ
● 出鱈目(でたらめ)
『でたらめ』は思いつくままにいい加減なことを言葉に出したり、行動する様子をさす言葉だ。『でたらめ』を漢字で書くと『出鱈目』、何やら魚の鱈と縁があるように思えるが、あくまでも当て字で、鱈とは全く関係ないらしい。『でたらめ』は江戸時代末期頃より使われていた賭博の隠語で『目』はサイコロの目をさし、『出たらその目』の意味から『でたらめ』になったとする説がある。


2006/2/20

ニコンはレンズの名前が起源 
●デジタルカメラや携帯電話に付属しているカメラの普及が急速に進み、フィルム式カメラの製造から撤退した老舗のメーカーが続々出ており、銀塩カメラマニアにとってやや淋しい感じを受ける。日本のカメラメーカーで世界的に有名なのが『ニコン(NIKON)』だが、その前身は、1917年に設立された『日本光學工業株式會社』で、1932年に写真レンズの名称(商標)をニッコール(NIKKOR)と決定し、1988年に社名を『NIKON』(ニコン)に変更した。社名のニコンは、写真レンズのニッコールに由来している。なお、ニッコールは、創業当初の社名の略称である『日光』に、当時写真レンズの名前の末尾に使われていた“R”を付けて『ニッコール(NIKKOR)』としたことに由来している。

キャノンは観音信仰の賜物
●フィルム式カメラからデジタルカメラの本格生産をいち早く進め、今ではパソコン用カラープリンターの大手となったのがキャノン(CANON)。創業は1933年、高級カメラの製作を目的とする『精機光学研究所』が当時の東京市麻布区六本木に設立されたことから始まる。翌1935年に、国産初の35ミリフォーカルプレーンシャッターカメラの試作品が完成し、社長が信仰していた観音様にちなんで、『カンノン』として販売された。1936年6月精機光学研究所は、目黒に移転し、新工場建設にとりかかり、名称も日本精機光学研究所と改められ、1947年に近代的な高級カメラのイメージに合うネーミングとして、『カンノン』ならぬ“CANON (キヤノン)”というブランド名が生み出された。

ミノルタは『実る田』
●1928年、田嶋一雄氏により『日独写真機商店』としてスタートしたのがミノルタだ。今では2003年10月にコニカと合併して、社名がコニカミノルタになったが、まずはミノルタの由来に触れよう。創業後、田嶋氏は1933年に発売するカメラを『ミノルタ』と命名した。なお、『ミノルタ(MINOLTA)』の名前は、創業者である田嶋氏の母がわが息子に何かにつけて語った言葉、『実るほど頭を垂れる稲穂かな』から、『実る田』を連想してつけたものだ。一方、ミノルタと合併したコニカは、1936年に『小西本店』として創業した。そして、1948年に、『コニカ(KONICA)』の名前を冠したカメラを発売する。以後は、独自技術を盛り込んだカメラを多数市場に投入していったが、ミノルタと合併し、コニカミノルタカメラ株式会社として再出発した。

才能の世界一
(最も速く約20mを横歩きした記録)
2001年11月30日、アニエス・ブリュン(仏)は、パリの『レミシオン・デ・レコール』収録スタジオで、約20mの距離を33.3秒で横歩きした。

(手を使わないで1分間に最も多く側転した記録)
2002年5月28日のフランス・パリで、モハメド・エラシ(仏)は手を使わずに地面に描かれた直径60cmの円のなかで1分間に32回側転した。

(最も多く綱渡りの綱の上で縄跳びをした記録)
2000年6月30日、ホアン・ペドロ・カリリョが綱渡りの綱の上で、780回も連続して縄跳びをした。これは米国のテキサス州サンアントニオで達成された記録。綱の高さは7.9m。

(最も遠くへトランプを飛ばした記録)
トランプを最も遠くへ飛ばした記録は65.96mで、2002年3月21日、リック・スミス・ジュニア(米)が記録した。

2006/2/10

簡単に食べられる茶菓子
お茶の子さいさい

●簡単に片付けることが出来る時に使われる言葉が『お茶の子さいさい』。お茶の子は、お茶に添えて出される菓子で、簡単に食べられることから、『簡単に出来る』意味になった。なお、『お茶の子さいさい』の『さいさい』は、俗謡の『のんこさいさい』という囃子詞(はやしことば)をもじったものである。また、朝食の前に食べる『茶粥』を『お茶の子』と称する地方があり、そこから『お茶の子さいさい』と同意の『朝飯前』になったとする説もある。

もともとは宗教用語
カリスマ

●一時期、『カリスマ美容師』、『カリスマ主婦』という言葉が流行った。『カリスマ』の語源は、ギリシャ語で“恵み?および“恩愛”を意味する『カリス』で、そこから派生した『カリスマ』は、新約聖書で『神からの贈り物』を意味する宗教用語だった。『カリスマ』が一般に広まったのは、ドイツの社会学者・マックス・ウェーバーが社会学用語として使った20世紀以降で、カリスマは『特異性・神秘性・非人間性のある政治や宗教の指導者などをさし、善悪を問わず他の人間を支配・誘導する』意味が多く含まれていた。『カリスマ美容師』、『カリスマ主婦』などに使われる『カリスマ』は、大衆を魅了する資質や技能を持った人気者をさすことが一般的だ。

龍を大切に養う
寵児

●ライブドア事件で『ホリエモンは時代の寵児だった』と書かれたが、ここでの『寵児』は世間にもてはやされた人をさす。そもそも、『寵』は龍を屋内に囲い、大切に養う様子を表した漢字で、『寵愛』など特別に可愛がることを意味した。そこから、特別にかわいがられる子供を『寵児』と呼ぶようになり、やがて、『時代の寵児』など、世間にもてはやされる人気者や流行児の意味になった。

冷(ひゆ)が語源

●『今年の冬は寒い』と、何気なく『冬』という単語を使っているが、それでは『冬』の語源は何か。冬は、@四季のひとつで、秋と春の間の季節、A太陽暦では12月から2月、B陰暦では10月から12月、C二十四節気では立冬から立春の前日、D天文学上では冬至から春分の前日…までをいう。語源は、『冷(ひゆ)』が転じたとする説、寒さが威力を『振う(ふるう)・振ゆ(ふゆ)』が転じ、『冬』になったとする説がある。

生まれた干支をさす
本命

●本命はそもそも生まれた干支をさす言葉で、重要なことを決めるときは本命によって決め、自分の本命を大切にして本命星(ほんみょうしょう)として祭られた。やがて、競馬の予想に『本命』が用いられるようになり、更に転じて、最有力の人をさすようになった。

2006/2/6

高級コートのバーバリー 
●英国の高級ブランドで有名なのがバーバリー(BURBERRY)、独特のチェック模様が特徴だ。バーバリーは、英国ロンドンにてトーマス・バーバリーが洋服店として開業した。“ギャバジン”といわれる耐久性・防水性に優れた新素材を生み出し、バーバリー・コートの名で世界中の人に愛用されている。現在のバーバリーというブランド名も、偉大な発明を成し遂げた創業者トーマス・バーバリーに由来している。

大切な物を届けるコーチ
●レザーグッズとして定評があるのがコーチ(COACH)だ。コーチは1941年にマイルスとリリアンのカーン夫妻及び、その仲間たちの手でニューヨーク・マンハッタンに創業した皮革小物工房で、現在のコーチの前身になっている。野球のグローブを参考に丈夫で美しい手袋の開発を続けたあとに、バッグ類を中心としたファッション業界にも進出した。コーチというブランド名の由来は明確ではないが、“COACH”には馬車という意味があり、『大切な物を大切なお客様に送り届ける』という意味が含まれているようだ。

世界の時計ロレックス
●ロレックス(ROLEX)は、エグゼクティブ御用達の時計会社で、世界中にロレックスマニアが多く存在する。ロレックスは1905年、ドイツ人ハンス・ウィルスドフが英国・ロンドンで創業した“ウィルスドルフ&ディビス社”が前身。以降、防水機能や時間調節機能などの便利な機能を加えるなど、『丈夫で実用的な時計』をコンセプトに開発を進め、ブランド力を高めていく。ブランド名の“ROLEX”の由来は、@“hoROLogoEXtraordinaire”(類まれなる)"という説と、A“ROLLING”(回転する)と“EX”(無限)…を組み合わせたとの説が有力だが、見逃せないのはROLREX(ロレックス)が世界中、同じ発音で呼べることを前提に付けられたブランド名である点だ。

夢の靴職人フェラガモ
●良質でデザインの良い靴で評判のフェラガモ(FERRAGAMO)は、1927年にイタリア・フィレンツェで創業された。創業者のサルヴァトーレ・フェラガモは、1914年に十代で米国に渡り、ハリウッドに注文靴専門店を開店、有名な映画スターが顧客になり、『夢の靴職人』として名声を得た。1927年にイタリアに戻り、フィレンツェを活動拠点に選び、1938年に中世時代の邸宅スピーニ・フェローニ邸にアトリエを購入した。フェラガモのブランド名は創業者、サルヴァトーレ・フェラガモに由来している。


巨大なものの世界一
(最大のチェスの駒)
世界で最も大きいチェスの駒は、スウェーデンのマッツ・アランソンが作ったキングで、高さは4m、底の部分は直径1.4mあった。
(最大の手編みのカゴ)世界最大の手編みのカゴは、大きさが17.29m×9.46m×7.71m。2000年8月28〜30日、ポーランドのノビトミスルにある文化総合施設のために作られた。
(最大のビール・コースター)
世界最大のビールグラス用のコースターは、2002年9月15日、デンマークのフレデリシアにあるビール会社、カールスバーグ社によって作られたもので、大きさは直径が15m、厚さが6cmもあった。
(最大のエレキギター)
演奏可能な世界最大のエレキギターは、高さ13.29m、幅5.01m、重さ907kg。1967年ギブソン・フライングXというギターをモデルとして、それを12倍に拡大したもの。

2006/1/30

宝石と時計で定評のカルティエ
●フランスの高級ブランドで忘れてならないのがカルティエ(CARTIER)だ。カルティエは1847年に創業し、今日では時計と宝石に定評がある。創業者は宝石職人の熟練者となったルイ・フランソワ・カルティエで、彼の師匠からパリのモントルゲイユ街にあるアトリエを譲り受け、1898年に息子アルフレッドとその長男と一緒に『アルフレッド・カルティエ&フィス』の共同運営を始める。以後、カルティエ・ファミリーは宝石を中心に高級ブランド品を多く世に産み出し、今一の名声を築く。ブランド名のカルティエは、この創業者家族の名前に由来している。

グッチはフィレンツェで創業
●ブランド天国といえばフランスとイタリア。1921年にイタリア・フローレンスで誕生し、欧州を代表するブランドにのし上がったのがグッチ(GUCCI)だ。1921年、創業者グッチオ・グッチはイタリア・フィレンツェにおいて革製品の販売店を開業する。その後、フィレンチェの高級革製品を扱い始め、1947年にグッチ最初の自社ブランド製品である『バンブーハンドル・ハンドバッグ』を発表し、その後は高級ブランドショップとしての地位を確立していく。ブランド名であるグッチは、創業者であるグッチオ・グッチに由来している。

低迷期経て再生したプラダ
●イタリア・ミラノの革製品の店として有名なのがプラダ(PRADA)。衰退の時期が一時あったが、今日では欧州を代表するブランドの1つになった。1913年、マリオ・プラダはイタリア・ミラノに皮革製品店を開業した。世界各国から質の高い革や珍しい素材を集め、イタリアの職人によって豪華なアイテムを作る手法が評判を呼び、イタリア王室のご用達にもなった。創業者マリオの死後しばらく低迷期を迎える期間があったものの、1978年にマリオの孫娘ミウッチャ・プラダがオーナーに就任して以降、高級ブランドとしての地位を確立していく。ブランド名であるPRADAの名は、創業者であるマリオ・プラダに由来している。

NY生まれのティファニー
●ティファニー(TIFFANY)は、米国・ニューヨーク生まれのブランド。宝石の人気度は世界でもトップクラスだ。1837年、チャールズ・ルイス・ティファニーは友人とともに、ファンシーグッズの店『ティファニー&ヤング』を開店、その後宝石商として名をあげ、米国の宝石商として初めて欧州皇族のご用達にまで任命されるようになる。ブランド名は創業者の名に由来している。

2006/1/23

景気回復でブランドブーム再燃
●日本の景気回復を背景に、日経平均株価は遅かれ早かれ2万円を突破するとの見方が強まっている。実は日本の景気に左右されるのは日経平均株価だけではなく、欧米の高級ブランドの株価も上昇しているとか。バブル崩壊期にお得意様だった日本人の欧米ブランド買い漁りが再燃しつつあり、年末商戦ではティファニーの売り上げは前年より8%アップ、エルメスの日本事業も7〜9月期に2ケタ増を演じたと報道されている。そこで、知っているようで知らないブランドの名前とその起源を紹介しよう。

シャネルは創業者の名前
●まずは、“シャネラー”という言葉があるように、多くの女性たちに人気のシャネル(Chanel)から紹介しよう。シャネルのルーツは、1914年にガブリエル・シャネル、通称ココ・シャネルがフランス・パリに帽子店を創業したことから始まる。1916年に業界初の黒を基調としたオートクチュール・コレクションを発表し、シンプル&エレガントなファッションブランドを構築していく。もうご存知だと思うが、シャネルのブランド名は創業者、ガブリエル・シャネルに由来、シャネルのシンボルマークは創業者、ココ・シャネルのCOCOのCを重ねたものである。

エルメスは高級馬具屋だった
●美しい色使いに人気のあるエルメス(HERMES)は、1837年、ドイツ生まれの職人ティエル・エルメスがフランス・パリのランパール通りに高級馬具の製造工房として創業した。エルメスのシンボル“H”はエルメスの頭文字である。創業後のパリ万国博覧会ではグランプリを受賞し、ナポレオン三世からのご用達を拝命するなど、最高級馬具店の地位を築いてきた。20世紀初頭に旅行カバンやバッグを製作、その後も時計、スカーフ、ネクタイ、財布、陶器など、事業の多角化に乗り出し、今や、日本の高級デパートには欠かせないブランドショップになっている。

ヴィトンは旅行カバンから創業
●フランスの高級ブランドとして有名なのがルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)。1854年、フランス・パリにてトランクの製造業者として創業した。日本ではヴィトンだけで十分通用する人気ブランドとなっている。創業者のルイ・ヴィトンが作った旅行カバンはナポレオン3世の王妃から発注を受け、パリ万国博覧会では銅メダルを受け、最高級カバン店としての評価を高めていく。その後は、バッグを中心とした高級ファッションブランドとして世界的地位を確立していく。


有毒生物の世界一
(最も毒性の強い植物)
世界で最も毒性の強い植物は、トウゴマの種。その致死量(体重72kgの人間の場合)はわずか70μg(0.00007g)とされている。毒の正体は、トウゴマの種に含まれる猛毒タンパク質のリシン。

(最も毒性の強い菌類)
世界で最も毒性の強い菌類(カビ、キノコなど)はタマゴテングタケ。調理しても有毒な化学物質が消えず、食べると腎臓と肝臓が破壊される。ちなみに、菌類による中毒死の90%はタマゴテングタケが原因。

(最も強い毒を持つ鳥)
パプアニューギニアに生息するズグロモリモズは、有毒鳥ピトフーイとの別名を持つ。南アフリカに生息するヤドクガエルが分泌するのと同じ“ホモバトラコトキシン”という猛毒を羽と皮膚に持つ。

(最も強い毒を持つ陸に住むヘビ)
陸に生息し、世界で最も強い毒を持つヘビは、体長1.7mのナイリクタイパン。1度の攻撃で約60mgの毒液を相手に注入出来るが、これは大人の人間を数人、殺すのに十分な量。

2006/1/16

犬に関連したことわざ、格言


今年は戌(いぬ)年、まずは犬に関連したことわざや格言を幾つか紹介しよう。

・煩悩の犬は追えども去らず…飼い犬が飼主にまとわりつくように離れないのと同様、心を悩まし、身を煩わす迷いの心は、人に付きまとって離れないという意味。煩悩は人間にはつきものということ。

・犬の川端歩き…犬が川辺で餌を漁ってさまようように、人が金銭を持たずに、目的なしに見物や買物などで外出することをいう。また、奔走しても何の利益も得られない、“骨折り損のくたびれ儲け”の意味にも使われる。

・犬が西向きゃ尾は東…誰も疑う余地もないほど当たり前のこと。

・犬に論語…犬に高尚な『論語』の教えを聞かせても判らないことから、何をやっても無駄で、利益を得ることが出来ないこと。

・犬の遠吠え…気の弱い犬ほど遠くから人に吠えることから、小心な人ほど、うわべを強そうに見せたり、大言壮語するとのたとえ。

犬に関連した和洋のことわざ

●次は、犬に関連したことわざを日本と西洋で比較してみよう。

・犬も歩けば棒に当たる

A flying crow always catches something=飛ぶカラスは常に何かをつかむ

・ 因果応報

The dog that kills wolves is killed by wolves=狼を噛み殺した犬は狼に噛み殺される

・飼い犬に手を噛まれる

Caress your dog and he'll spoil your clothes=犬を撫で、服を汚される

世界で有名な犬  

●世界中に知られた犬をここで紹介しよう。懐かしい名前も出てくるはずだ。

・ツン…西郷隆盛がウサギ狩りに連れて行った薩摩犬。

・クドリャフカ…旧ソ連が1957年に打ち上げたスプートニク2号に乗せられたメスのライカ犬。史上初めて地球を回った哺乳類だ。

・バルカン…米国の初代大統領ジョージ・ワシントンの愛犬。犬種はフレンチハウンド。

・名犬ラッシー…英国北部のヨークシャー州、鉱山の麓の村を舞台にしたホームドラマ、主役のラッシーは雌のコリー犬だ。『名犬ラッシー』は米国で1957年から17年間も放送された長寿番組。

・名犬リンチンチン…騎兵隊に飼われていた雄のシェパード犬の物語、騎兵隊の出撃する西部劇の主役犬で、『名犬リンチンチン』は1956年から164回続いた。

・ボビー(Bobby)…英国の忠犬ハチ公。主人亡き後も、14年間も主人の墓に座り続けていた。エジンバラに、この犬の石像がある。


2006 新春特集号

おせち料理の歴史は?
●おせち料理の“おせち”を漢字で書くと『御節』になる。国語辞典を引くと、@節(せつ)の日に特につくる料理やお供えの餅、A正月や五節句などの節日(せちにち)のこと…とある。ここから類推すると、『御節』は本来『正月料理』の意味ではなかったようだ。それでは、おせち料理が、お正月の料理として一般的になったのはいつか。大塚滋氏が著した『食の文化史』によると、おせちが“重箱に詰めた正月料理”を指すようになったのは、第二次世界大戦以後で、歴史的にはかなり新しい。

節日の料理だから『御節』
●おせちが正月料理になった歴史は新しいが、『御節』の歴史自体は古い。実は、御節が古代より朝廷で使われている『御節供』(おせちく)の略ということが判っている。『御節供』は、朝廷の節日に行われる宴に振舞われる御馳走のことで、平安時代には、@1月1日の元日節会(がんじつのせちえ)、A同7日の白馬節会(あおうまのせちえ)、B3月3日の上巳祓(じょうしのはらえ)、C5月5日の端午節会(たんごのせちえ)、D6月晦日の六月祓(みなづきはらえ)、E7月7日の乞巧奠(きっこうてん)などの節日に、神に供えたり、客に出された『御節供』がおせちになった。

めでたいものに見立てる
●おせち料理に入っている料理は、めでたさを示すものばかりだ。例えば、蒲鉾は細い竹に塗って焼いた魚のすり身が蒲(ガマ)の穂に似ていることから、蒲鉾といわれるようになり、後に板に乗るようになって、めでたさの象徴である初日の出に見立てられるようになった。黒豆は黒が道教で邪よけの色とされ、豆にはまめに働くようにとの願いが込められている。また、黒豆に添えられる『ちょろぎ』は長寿を願って『千代老木』、『長老貴』の当て字を使い、米俵を表わしている。栗金団の栗の色は金色を表わし、団は丸い塊の意味がある。つまり、小判を見立てて、財産が貯まるように願いがこもっているわけだ。

伊達巻は教養、生産の象徴
●数の子は鰊(ニシン)の子で、鰊の別名が『かど』、そのかどの子が訛って、『数の子』になった。数の子は卵の数が多く、子孫繁栄の願いが込もっている。伊達巻の   “巻”は『結ぶ、睦む、相和して生産する』という意味があり、“伊達”は粋で人目をひく意味があるため、伊達巻は教養、文化、生産の象徴になっている。また、昆布巻きの昆布は蝦夷の地で取れることから、夷子布(えびすめ)と呼ばれ、ここから七福神が連想され、『よろ昆布』、『こぶ(子宝)』を示すようになった。


干支にまつわるエトセトラ

“イヌ偏”の漢字は579字
●2006年は戌(いぬ)年。犬という字は、“イヌ”の形にちなんだ象形文字から作られた。西暦100年に著された最古の部首別漢字字典『説文解字』(中国・後漢の時代に許慎が作った)によると、『孔子曰く』として、『犬の字を視れば狗(イヌ)を画くが如し』とある。どうも、『犬』が『狗』の部首に似ているということらしい。そのほかに、イヌを意味する言葉は多く、毛の多いもの、頭の黄色いもの、やたらに吠えるもの、狂犬…など、それぞれに漢字が充てられている。辞書では、“ケモノ偏”を“イヌ偏”とも呼ぶが、『大漢和辞典』によると、その部首に属する漢字は579字もある。“ケモノ偏”を“犬偏”と呼ぶのは、犬と人間との付き合いが1万4,000年にも及び、すべての獣類を代表するからかも知れない。

犬公方、徳川綱吉の悪行
●犬好きもここまでくれば世間の大顰蹙(ひんしゅく)を受けるという例が、5代将軍徳川綱吉が発し、歴史上でも悪名高い『生類憐れみの令』だ。綱吉は4代将軍に世継がなかったため、その婿養子として江戸城に迎えられ、4代将軍家綱が40歳で死去したあとに将軍になった。戌年生まれの綱吉は子宝に恵まれず、せっかく生まれた嫡子も病死するという不幸に見舞われた。自分の血を分けた子を6代将軍にしたいという欲望から、『犬を大事にすれば子供が生まれる』という迷信を抱いて、元禄年間に最大2万5,000坪の犬小屋を作り、大久保と中野だけで約5万頭を保護、その費用はすべて町民に課税した。犬を粗末に扱うと島流し、江戸中引き回しの刑を受け、ひどいものだと、獄門、打ち首に処せられたという。なお、この悪名高き“生類憐みの令”は綱吉の死直後に、甥で養子だった6代将軍家宣によって廃止された。

スヌーピー命名の秘密
●ミッキーマウス、キティちゃん、ポケモンなどをおさえて、日本で一番売れているキャラクター・グッズはスヌーピーだ。スヌーピーのモデルはビーグル犬だが、スヌーピーを描いた作者、チャールズ・シュルツ氏がピーナッツに異常な思い入れがあったため、ビーグル犬にピーナッツの形を顔に取り入れた。そして、“オジサン顔”のビーグルの風体が、今のスヌーピーの愛らしい形になったわけだ。また、スヌービーは、英語で書くとSNOOPY、文字の順番をかえると、PYNOOS(ピイナス)となり、ピーナツ(peanut)という音に似てくる。実はシュルツ氏の会社名はピーナツ、彼がピーナツ好きでなかったら、あの愛くるしいスヌーピーに会うことは出来なかった。

1日70gしか食べない犬
●オーストラリア・シドニーでは、一度に片手で犬を何匹散歩させられるかの世界記録に挑戦した男性がいる。19匹で挑戦したが、それぞれが別のの方向へ歩くため失敗、選りすぐりの11頭を片手で1キロ散歩させることに成功した。最近、小型犬が流行っているが世界一は身長18センチ、体重760グラムのチワワで、東スロヴァキアで飼われている。何と、一日に70グラムしか食べないそうだ。
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お取引に関する最終決定はお客様ご自身でなさるようにお願い申し上げます。

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