何でも事典

2008/12/08

大根の原産地は地中海か中東
●日本人の冬の食卓に欠かせないのが大根、おでんや鍋など“あったかメニュー”の定番だ。大根はアブラナ科の野菜で、主に肥大した根を食する。種子からは油を採ることが出来、土壌改良にも利用される。大根というと、日本が原産国というイメージがあるが、実際には地中海や中東が原産国で、古代エジプトに食用としていた記録がある。日本に伝来したのは弥生時代で、在来種と中国大根の交雑され、今のような大根の姿になった。江戸時代には、すでに東京の板橋及び練馬、神奈川の三浦半島あたりが特産地となったようだ。なお、サトウダイコン(ビート)は、ホウレンソウと同じアカザ科で大根とは別種の植物だ。

当たらないから大根役者
●大根を使った単語に『大根役者』がある。その意味は、『演技力に欠けた下手な役者』というものだが、なぜ大根なのか。理由は、大根や大根おろしは、どんな料理に使っても“食あたり”しないためだ。つまり、いくら起用しても技量がないため『当たらない』役者を揶揄して『大根役者』と呼ぶようになった。大根には消化を助ける酵素ジアスターゼが豊富なことが『当たらない』理由で、大根役者の科学的な根拠になっている。
風呂大根は漆器の乾燥に由来
●大根を柔らかく茹でて、練り味噌や柚子味噌をつけて食べる料理に『風呂吹き大根』があるが、大根と風呂にどのような関係があるのだろうか。書物によると、漆器職人が、冬になると漆器の乾き具合が遅くて困っていたところ、僧侶から、『大根の茹で汁を“お風呂(乾燥室)”に吹き込むと良い』と教えられた。すぐに試すと、大変な効果があり、それ以来、茹で汁を取った大根を近所に配るようになった。近所の人はもらった大根に味噌をつけて食べるようになり、それが美味しかったため、『風呂吹き大根』と呼ぶようになった。お風呂はお風呂でも入浴する風呂ではなく、漆器を乾燥する『お風呂』だったのが味噌。

消化酵素は青い首に集中
●大根は消化を助ける酵素ジアスターゼ以外に、カロティン、ビタミンC、カルシウム、ビタミンB、リン、鉄などの栄養素が含まれている。しかし、肝心の栄養素が大量に含まれているのは“葉”の部分で、あの白い本体の部分はビタミンCしかないといっても過言ではない。このビタミンCも本体より葉に4倍も多く含まれ、ジアスターゼも大根の青い首の部分に集中している。葉を捨てない人でも、おいしくないとの理由で、青い首の部分を捨てる人は多く、大根の豊富な栄養素が活用し切られていない。

2008/12/01

冬に大人気のショウガ
●冬になると人気が出てくるのがショウガ(生姜)。人気の背景は、ショウガが風邪を防ぐアイテムとして欠かせないからだ。ショウガの根茎は、漢方の世界において“生姜(しょうきょう)”と呼ばれ、発散、沈嘔、健胃作用などの有益な効果がある。具体的には、ショウガは発汗により寒気を伴う風邪の症状を緩和させ、胃腸の冷えなどから胃腸機能の低下を防ぐ働きを持つとされている。また、表面の皮を剥いで、蒸して乾燥したものは乾姜(かんきょう)と呼ばれ、強壮、健胃作用があることから、漢方薬の多くに配合されている。

縄文時代に伝来
●ショウガはショウガ科の多年草で、食材や生薬としての利用が多い。日本では、『魏志倭人伝』や『古事記』に“ショウガ”の記載があるほど古く、縄文時代に伝来していたと推測されている。古くは『はじかみ』と呼ばれた。また、サンショウ(山椒)も同様に『はじかみ』と呼ばれたため、それと区別するため『ふさはじかみ』、『くれのはじかみ』とも呼ばれたようだ。原産地はインドで、中国や東南アジアでは有史以前から栽培されていた。ヨーロッパでも、1世紀に著されたローマの書物、ディオスコリデスの『薬物誌』にショウガの記載がある。15世紀に西洋人がアメリカ大陸に到達したあと、ショウガは西インド諸島に移植され、16世紀半ばに西インド諸島から欧州に輸出された。

西洋では粉末が一般的
●ショウガは甘く清涼感のある香りを持ち、爽やかな辛味を持っているのが特徴だ。食材として見た場合、日本や中国、インドなどショウガ栽培の活発なアジア地区は生で使用することが多いが、欧米では乾燥した粉末を使用することが多い。ただし、乾燥粉末はショウガが本来持っている香りや辛味が弱くなる。

様々な料理に活用
●ショウガは様々な料理に活用されている。西洋では、他のスパイスと併せて、全体の風味付けや肉などの下味をつけるのに主に使用される。また、菓子類など甘みのある料理に使われることが多い。その理由は、ショウガの辛味が砂糖のしつこい甘みを抑えて、爽やかな味に変えてくれるからだ。日本料理では、おろしショウガを薬味としてさまざまな料理に使用する。また、寿司のつけあわせのガリ、牛丼やソース焼きそばなどの薬味として紅ショウガが使われるほか、魚介類などの生臭さを消すために使用される。中華料理でも基本的なスパイスとしてショウガは多用されている。なお、ショウガはジンジャーエールの原料としても有名だ。


世界で最初の生物


(陸上を歩いた最初の動物)
陸上を歩いた最初の動物は、ペデルフェス・フィンネイアで、約3億5000万年前に生息していた。この4本足の動物は、1971年に英ダンバートン北部で発見された。

(最初の鳥)
最も古い鳥の化石は米テキサス州にある2億2000万年前の岩層の中で発見された、2体の不完全な骨格である。キジと同じくらいのこの生物は、1991年にプロトアウィス・テクセンシスと名付けられた。なお、それ以前に最も古い鳥だと考えられていたのは、ドイツにある、ジュラ紀(1億4300万〜2億1200万年前のシダ植物や恐竜などが栄えた時代)の堆積物のなかで発見されたアルカエオプテリクス・リトグラピカという鳥だった。

(最も古くからある木の種)
木のなかで最も古くからある種は、中国浙江省を原産地とするイチョウで、約1億6000万年前に現れた。日本では1100年頃から生えていたと推測される。

2008/11/24

完全無欠な食品
●冬の味覚の代表といえば牡蠣(かき)。牡蠣は“海のミルク”と呼ばれ、その栄養価の高さと独特の食味が人気を呼んでいる。牡蠣が“海のミルク”と呼ばれる理由は、アミノ酸が20種類、ビタミンが10数種類、その他にグリコーゲンや不飽和脂肪酸などを含む“完全栄養食品”だからだ。なかでも、牡蠣には亜鉛が100グラム中40ミリグラムも含まれており、これほど亜鉛を含んだ食品は他にはない。ちなみに、亜鉛は各種ホルモンの分泌に必要なミネラルで、味覚障害、疲れ目、白内障、肝臓病、勢力減退の予防に最適なうえ、皮膚の新陳代謝を活発にするため、女性の美肌作りにも効果を発揮する。また、牡蠣に含まれるタウリンは血圧の上昇を抑制し、脳卒中を予防する作用があり、更に、ストレスの解消、ピロリ菌の出す有害物質を除き、胃ガンや胃炎を防止する働きがある。

繁殖期以外は雌雄同体
●『牡蠣』の『牡』は『オス』を表わす言葉。従って、『牡蠣はオスだけを食べる』と思っている人もいるとか。実際は雌雄同体で、繁殖期になると、オスとメスとに分かれ、繁殖期を過ぎると再び中性化してしまう奇妙な生物だ。オスになるかメスになるかの要因は、中性化している時に大量に栄養を吸収出来たものがメス、出来なかったものがオスになるといわれている。外見上では生殖腺が同じであることから、全てがオスと見られていたため、『牡』の字があてられた。

Rのつかない月に食べない

●牡蠣を食べるのを敬遠する月は、英語で“R”の入っていない月。Rが付いている月はJanuary(1月)、February(2月)、March(3月)、April(4月)、September(9月)、October(10月)、November(11月)。December(12月)で、牡蠣を食べても良い月。Rのつかない月はMay(5月)、June(6月)、July(7月)、August(8月)。夏場にかけては牡蠣の放卵時期で著しく味が落ちるのと、食中毒を避けるため、敬遠される。

養殖は紀元前1世紀に開始
●牡蠣の養殖は紀元前1世紀にヨーロッパで始まった。牡蠣は魚介類を生で食べる習慣のない西洋社会においても生で食べられた。日本では、1673年(延宝元年)に現在の広島県で、小林五郎左衛門がアサリの漁場を囲っていた竹の枝にマガキが付着することにヒントを得て、養殖を始めたのが最初。大正時代に垂下式養殖法が開発され、全国的に普及し生産量が飛躍的に増えた。歴史に残る牡蠣好きのナポレオン、リンカーン、日本では武田信玄が有名だ。

2008/11/17

世界で最初の人

(最初に香水を売り出したファッションデザイナー)
1921年、ファッションデザイナーのガブリエル・シャネル(通称ココ・シャネル)が、シャネルの5番という香水を売り出した。時代の先を行くデザイナーとして、シャネルは常に頭が切れる、優雅な女性だった。

(最初にエベレストに単独登頂した人物)
エベレスト山の単独登頂に最初に成功したのはイタリアのラインホルト・メスナー。1980年8月20日のことだった。この挑戦で彼は酸素ボンベを使用しなかった。

(最初に南極を単独横断した人物)
南極大陸を最初に、そして最もはやく単独横断したのは、ノルウェーのボルゲ・オズランド。1996年11月15日に出発し、65日後の1997年1月18日に2,690kmの旅を終えた。

(最初の試験管ベイビー)
世界で最初の試験管ベイビーは、イギリスのルイーズ・ブラウン。1978年7月25日午後11時47分に、イギリスのランカシャーにあるオールダム総合病院で誕生、体重は2.6kgだった。

2008/11/10

見かけによらず弱い
●『朝バナナダイエット』ブーム、一時ほどの勢いはなく、スーパーでも品切れの札を見ることはほとんどなくなった。バナナが品切れの時は、自宅の庭でバナナを植えようと思った人もいたはずだ。しかし、バナナの木を見ても、実がなっているのを見たという人は少ないだろう。バナナを栽培するのに適した気象条件は熱帯、亜熱帯の無霜地帯で、気温は16〜32度が理想。実を収穫するには25度以上の気温が必要となる。また、生育期間中は水分がタップリ必要で、その他にも、風で倒伏しやすい、葉が病気になりやすいなどの欠点がある。バナナは雑草のように強そうに見えるが、実は虚弱児のように弱い植物なのだ。

乾燥させると栄養アップ
●バナナは高カロリー食品、おまけに消化も良いことから、“アスリート御用達”の果物といえる。バナナの成分は水分が70%、残りの大部分は炭水化物(糖分)が占め、脂質やタンパク質はほとんどない。なお、バナナ果肉1グラムで1キロカロリー。干しバナナにするとビタミンCはなくなってしまうが、栄養価はアップする。バナナを天日干しにして、果実が縮んだ時に皮を剥いて、更に、天日で乾燥したら出来上がりだ。この干しバナナ、イチジクに似ていることから、“バナナ・フィグ”と呼ばれている。なお、バナナに含まれるカリウムはむくみ解消、ビタミン、ミネラル、食物繊維は便秘解消効果がある。

バナナの食べ時
●バナナを買ったのは良いが、なかなか食べ時が判らない。そういう人は少なくない。食べ時は、青いうちにバナナを買って少し黄色が増して、更に黒い小さな点が表れた時で、一番糖度が高くなる。黒い小さな点は、『スィートスポット』と呼ばれ、甘さが最大になったことと教えてくれる。バナナは熟し始めると足が早く、真っ黒になってしまうので、『スィートスポット』が出たら、早めに食べることを薦めたい。なお、バナナは冷蔵庫に入れないこと。前の夜に冷蔵庫へ入れっ放しにしておくと、真っ黒になってしまう。

草でもバナナは果物
●日本ではイチゴ、トマト、メロン、スイカは果物ではなく野菜扱い。その理由は、それらが『木』ではなく『草』に成る果実だからだ。バナナは一見木に見えるが、実は高さが数メートルにもなる多年草で、定義通りなら、野菜の仲間にされるのが筋。なお、バナナは雌雄異花で、花茎の基部に雌花、先端に雄花が咲く。その点では、花粉が着かなくても果実が肥大する性質を持っている。まさに、ミラクルフルーツともいえる。

2008/11/03

世界で最も古い…

(最も古いホテル)
世界で最も古いホテルといわれているのは、石川県小松市の粟津温泉にある“法師旅館”。717年、奇跡的な癒しの力を持つ温泉の近くに、泰澄大師が建てたもの。

(最も古いピアノ)
現存する最古のピアノは、1720年にイタリアのフローレンスで、バルトロメオ・クリストフォリにより、チェンバロを改良して作られたもの。ピアノ(弱く)からフォルテ(強く)まで自由に演奏出来るという意味で、“クラビチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ”と名付けられた。

(最も古い動物園)
動物を集めた施設で、最も古いとされているものは、現在のイランのプズリシュにあったとされる。紀元前2097〜2094年に、ウル王朝第3代目のシュルギが作った。

(最も古い広告)
最も古い広告は、イタリアのナポリ近く、ポンペイの遺跡で発見されている。本屋の広告で、1世紀(79年頃)のもの。

2008/10/27

ことばのルーツ

駒にして遊ぶ
●どんぐり
 秋になって、雑木林を散歩すると足元に転がっているのが『どんぐり』。『どんぐり』は、ブナ科ナラ属のカシ・クヌギ・ナラ・シイなどの果実の俗称で、漢字の『団栗』は当て字だ。『どんぐり』の語源は諸説あるが、有力なのは、実を駒にして遊んだことから、駒の古名『つむぐり』が『づむぐり』となり、これが転じて『どんぐり』になったと推定される。なお、『どんぐり』が広く使われるようになったのは江戸時代。

皮の色をイメージ
●くり(栗)
 秋の味覚の代表は『くり(栗)』。『くり』はブナ科の落葉高木で、イガに包まれた実は食用になる。『くり』の語源は、果皮の色が黒いことから、『黒』が『くり』に転じたとする説が有力だ。なお、漢字の『栗』は、実が落ちて木の上にイガが残っている様子を表わしている。

学名は『神様の食物』

●かき(柿)
 『かき』は、カキノキ科の落葉高木で、秋の果物の代表だ。『かき』の語源は、@実が固いことから『カタキ(堅)』、A実がつやつやしていることから『カカヤキ(輝)』、B赤い色をしていることから『アカキ』…という説があるが、実の赤い色が印象的という理由で、Bの『アカキ』が語源という説が有力だ。『かき』は、中国の長江流域に自生していたものが、日本に伝わったもので、南蛮貿易でかきが欧州に伝わった。学名は“Diospyros Kaki”で、日本語の『かき』が使われている。ちなみに、“Diospyros”は『神様の食物』という意味。

収穫に感謝する
●ハロウィン
最近、日本でもポピュラーになっているのが『ハロウィン』。キリスト教の諸聖人の日、『万聖節』(11月1日)の前夜に行なわれる祭りのことで、ハローウィーンとも表記される。『ハロウィン』(Halloween)の語源は、『諸聖人の祝日の前夜』を意味する“All Hallow’s Even”が短縮されたものだ。『ハロウィン』の由来は古代ケルト人の秋の収穫感謝祭。古代ケルト人の1年の終わりは10月31日で、この日の夜に死者の霊が親族を訪れたり、悪霊が降りて畑を荒らすと信じられていた。後に、秋の収穫を祝うとともに、悪霊を追い出す祭りとなり、キリスト教に取り入れられ、現在の『ハロウィン』の行事になった。ハロウィンでは、かぼちゃをくりぬいて顔を作り、その中にろうそくを立てた提灯が飾られるが、悪霊を追い出す焚き火に由来したものだ。

2008/10/20

バナナが売り切れ続出
●最近、爆発的に売れているのがバナナ。バナナといえば、安くて栄養たっぷりな果物の代表で、売れ残りの代表でもあった。スーパーなどに山積みされていたのが、今や買いたくても買えず、『バナナ難民』なる新語まで出てきた。バナナが品薄になっている背景は、朝食をバナナと水にするだけで痩せられる“朝バナナダイエット”がテレビや雑誌に紹介され、一気に人気が沸騰したためだ。ちなみに、東京に拠点を置く大手スーパーチェーンでは、バナナの売り上げが7月に前月比123%、8月も同136%も増えたほどで、売り切れの店が続出した。

地下室で熟して販売
●農水省によると、日本全体のバナナ輸入量はおおむね年間約100万トン、フィリピンや台湾からの輸入に頼っている。このバナナの入荷量は毎年の統計に基づいて調整しており、バナナブームだからという理由で輸入量を増やすことは出来ない。また、日本では植物検疫法により、成熟していない青いバナナの輸入しか認められていない。通関したバナナは、地下室(ちかむろ)に入れて追熟加工をした後にら、市場に出回る。地下室のスペースが決まっているため、いくらブームといっても、一度に輸入量を増やすことが出来ない事情があり、これまで通り、バナナを何の苦労もなく手に入れるには、『バナナダイエットブーム』が去るのを待つしか方法がなさそうだ。

20世紀初頭に日本に渡来
●植物学的にいえば、バナナはバショウ科バショウ属、幾つかの原種から育種された多年草だ。バナナが栽培されたのは紀元前5000年以上と歴史は古く、赤道を挟んで南緯30度〜北緯30度の間の熱帯、亜熱帯地域に分布している。原産国はマレー半島で、インドシナ半島やインド、マレーシア地域から太平洋諸島へと伝播し、インドネシア移民を介してアフリカ上陸を果たす。日本に渡来したには台湾を介して20世紀初頭と最近だ。なお、日本国内では、南九州・沖縄を中心にバナナが栽培されており、沖縄には小ぶりで甘さたっぷり『シマバナナ』という品種がある。

世界第3位の生産量
●世界中で栽培されているバナナは300種類で、生食用と料理用に分類される。世界一の生産量を誇る果物は食べるだけではなくワインの原料にもなるブドウ、第2位はオレンジなどの柑橘類、そして、第3位がバナナだ。バナナは南国では重要な作物のひとつで、熱帯地域の一部ではバナナを自分の庭に植えて、主食として食べる地域もあるとか。


世界で初めての…

(最初の機内映画)
航空機内での初めての映画上映は、1952年4月、英ロンドンから仏パリまでを飛ぶ“インペリアル・エアウェイズ”でのフライト。上映された映画は『ロスト・ワールド』(米・1925年)。

(最初のコマ割りマンガ)
最初に印刷されたコマ割りマンガは、1896年10月18日に米新聞『ニューヨークジャーナル紙』に登場した『イエローキッド』。上流階級の風習を風刺したものだった。

(テレビCM第1号)
最初のテレビCMは、1941年6月27日、米ニューヨークにあるNBCのWNBT局で放送された、ブローバ社が出している時計のCMだった。

(宇宙で撮影されたテレビCM第1号)
世界で初めて宇宙で撮影されたテレビCMが放送されたのは1997年8月22日。トゥヌーバミルクの広告キャンペーンで、宇宙飛行士のワシリー・ツィブリエフ(露)がロシアの宇宙ステーション“ミール”で牛乳を飲んでいる映像を撮影したCMだった。

2008/9/22

『死語』の正式名は『廃語』
●『死語』(しご)とは、かって頻繁に使われていたのに、現在はほとんど使われていない単語、成句、慣用句などを指す。現代の若者たちには通用しない言葉が『死語』で、言語学上では『廃語』というから『廃語』そのものを『死語』といっても差し支えない。『死語』は、『集団就職』や『ゲバルト』など、その時代を背景にしたものから、『洗濯板』や『半ドン』、『赤チン』など、日常生活から消えたもの、『ナウい』や『ダッチューの』などの流行語などがある。そう見ると、言葉の命や鮮度があることがハッキリと判る。今回は死語になった言葉を紹介しよう。

消えていく言葉
●OLはオフィスレデイの略で、現在は一般的な言葉だが、東京オリンピックの前は『BG』という和製英語が使われていた。しかし、『BG』はビジネスガールの略で、実際には娼婦を指すことが判明し、使われなくなった。国鉄の時代は『国電』だったのが、JRの時代になり、一般公募で名付けられたのが『E電』。しかし、この名前は全く不人気で、短期間で消滅した。最近、生まれた言葉で早くも消えつつあるのが『空気読めない』の略語『KY』。マスコミに紹介されたが、普及度は低く、その言葉を使っている中年男性は若者にバカにされそうだ。

通用しない『蛍光灯』
●『アイスキャンデー』は『高利貸』(=氷菓子)の略。発音が同じことから、そういわれるようになった。『蛍光灯』は1950年代に生まれた言葉。その頃の『蛍光灯』は、スイッチを入れて点灯するまでに、かなり時間がかかったため、反応の遅い人や鈍感な人を指す言葉になったが、今は通用しない。

流行した言葉は早く廃れる
●『座敷犬』という言葉も現代では通用しない。その言葉が使われていた時代は、犬は犬小屋で飼われている番犬というのが相場で、狆(ちん)やチワワなど室内で飼われている犬を嘲笑するかのように、こう呼ばれた。テレビや映画などで流行った言葉も回転が早く『死語』になりやすいのが特徴だ。『こんなん出ましたけど…』、『たたりじゃー』などが代表的な死語だ。また、一時期、大人や子供がやったポーズの、『イェーイ』、『グワシ』、『シェー』を今は余りやる人は少ない。一時期流行して今は廃れた言葉も『死語』で、その代表的なものは、『ファミコン』、『筆箱』、『和文タイプライター』、『ベータマックス』、『チクロ』などである。どんなに最新なものでも時間が経てば古くなる。現在、何気なく使っている言葉が、今後どれだけ残るか、注目したいところだ。

2008/9/15

新タワーは五重塔イメージ
●新旧の東京タワーが話題になっている。東京タワーは1958年(昭和33年)10月14日に完成した電波塔で、高さは昭和33年の3にちなんで333メートル。今も東京の人気観光スポットになっている。設計上、最上部で風速100メートル、下部でも同80メートルに耐え、関東大震災の2倍クラスの大規模地震でも安全とされている。この東京タワーも時代の波に押されて、“東京スカイツリー”に世代交代しようとしている。東京スカイツリーは、超高層ビル時代の電波障害の緩和や地上デジタル放送やワンセグ放送の普及に対応するための高さ610メートルの電波塔で、東京・墨田区押上に2011年12月に竣工する予定だ。日本古来の建築『五重塔』をイメージしたモダンなデザインであり、墨田区は物見高い観光客の囲い込みに今から様々な作戦を展開している。

松下幸之助と初代通天閣
●塔に関して、東の横綱が東京タワーなら、西の横綱は間違いなく通天閣だろう。通天閣は電波塔ではなく展望塔で、『天に通じる高い建物』という意味。その高さは100メートル、避雷針を含めても103メートルと小規模だが、年間入場者が100万人を超える大阪の人気スポットだ。現在の通天閣は1951年に完成したもので、実は2代目である。初代通天閣は、1903年(明治36年)に開催された第5回内国勧業博覧会の会場跡地に、パリのエッフェル塔と凱旋門を模して、1912年(明治45年)に建設された。初代通天閣の高さは64メートルながら、その当時は東洋一の高さを誇っていた。吉本興業に買収された後、太平洋戦争中の1943年(昭和18年)に直下にあった映画館の火災で類焼。その後、鉄材を軍部に献納する目的で解体され、姿を消した。なお、初代通天閣の電灯工事に、松下電器産業の創業者・松下幸之助が配線工として参加していた。

日立がスポンサーの理由
●現在の通天閣には、完成翌年の1957年(昭和32年)から、塔の側面に日立製作所の広告が入っている。その理由は、関西の大手電機メーカーに対抗して、大阪に進出しようとしていた日立と、大手企業のスポンサーを探していた通天閣観光とのニーズが一致しためだ。松下電器も通天閣のスポンサーとして名乗りを上げていたが、日立との競り合いに松下が負けてしまった。2001年までは展望室下に日立の社章である『亀の子マーク』が取り付けられていたが、その後は、現在のような日立のロゴネオンが側面に据え付けられるようになった。

2008/9/8

コンビニの人気商品
●おでんはコンビニの人気商品。まだ、夏のうちに、各コンビニはおでんを売り出している。おでんの各地域ごとの特色、季節感などを出すために、7〜8種類のつゆを用意し、具材にも工夫をこらすなどして、消費者にアピールしている。なお、おでんの語源は、『田楽(でんがく)』の『でん』に接頭辞『お』をつけたもの。おでんは室町時代がルーツで、当時は味噌を塗って焼く豆腐田楽のことだった。なお、おでんという言葉は、1587年に著された『利休百会』に登場している。

関東大震災時に復活
●現在、食べている“煮込みおでん”は、江戸時代に江戸で生まれた。もともとは串刺しのこんにゃくを煮込んだもので、やがて大根やはんぺんなどを入れるようになった。おでんは江戸の街で屋台料理として広まり、大阪に伝わった。関西では、おでんといえば『焼き田楽』をさすため、『関東煮(かんとうだき)』と呼ばれた。明治から大正にかけ、おでん人気は衰えたが、関東大震災時の時の炊き出しとして復活した。

チビ太が大好きなおでん

●先日亡くなられた赤塚不二夫氏の漫画『おそ松くん』に登場するチビ太は大のおでん好き。よく話題になるのが、彼がいつも持っているおでんネタは何かという疑問だ。おでんネタの大手メーカー・紀文食品によると、こんにゃく、がんもどき、なると巻だという。しかし、関係者によれば、なると巻ではなく、関東以外では馴染みのないちくわぶと述べる関係者もあり、ハッキリ断定出来ない。

地域により具材も味も違う
●おでんの具材には地域性がある。@北海道・東北ではツブ貝や玉こんにゃく(つゆのベースは昆布主体でプラスかつお)A関東ではちくわぶ、魚のすじ(同かつおプラス昆布)、B中部は黒はんぺん、豚すじ(同味噌)、C関西では牛すじ、たこ、くじら(かつおプラス昆布)、D中国・四国がじゃこ天、長天(同鶏がら)、九州がシュウマイ巻、燻製かまぼこ、餃子巻(同かつお)、E沖縄が豚足、ソーセージ(同かつおプラス豚足)…など。

栄養満点なおでん
●おでんは栄養満点だ。大根にはデンプンの消化を助けるジアスターゼ、昆布にはビタミンとミネラルが含まれる。じゃがいもは炭水化物が豊富だが、意外とビタミンCも含まれる。また、厚揚げやがんもなどの大豆加工品はビタミンEがいっぱいだ。更に、竹輪やはんぺんなどの練り製品は高タンパク・低コレステロール、こんにゃくは体の砂を払うといわれ、おでんは栄養十分のご馳走といえる。

2008/8/25

鶏肉でなくても『焼き鳥』

●庶民の代表的な食べ物は『やきとり』。『やきとり』というくらいだから、使用する肉は鶏が多いのは当然だ。しかし、北海道の函館、室蘭あたりでは、『やきとり』というと豚肉を用いた『焼きトン』(豚串)を指す。そこでは、ねぎの代わりに玉ねぎが使われ、しかも、マスタードをつけて食される。埼玉県・東松山市では豚肉のカシラ(頭の肉)を味噌ダレで食べ、福岡県久留米市では馬肉だ。また、愛媛県今治市では鶏肉を使うものの、串には刺さない。同じ『やきとり』という名でも、素材や形状は地方によって異なり、簡潔に定義するのは難しい。

戦後に市民権を得る
●実は、現在の『やきとり』は江戸時代以前からのものと姿が異なる。つまり、江戸時代以前はスズメなど小鳥が中心だった。天武4年(676年)に、牛、馬、犬、猿、鶏などの肉を食べてはいけない旨の詔が出され、江戸時代までおおっぴらに食べられるのは野鳥の類で、最高級品は鶴と鴨だったという。明治時代に入って、肉食が許されると、焼いた鳥・豚・牛の肉や臓物を庶民が食べるようになり、江戸時代から使われていた『やきとり』を名乗るようになった。しかし、この料理が市民権を得るようになったのは、太平洋戦争が終わってからだ。

備長炭は人の名前
●やきとり屋の必須アイテムは紀州備長炭。@1,000度以上の高温で火持ちが良い、A炎が出ないため、食材が焦げつく心配がない、B臭いが出ないので、食材の風味を損なうことがない、C高温で、食材の旨みを素早く閉じ込めることが出来る…などだ。備長炭というと、『備長』という土地で作られたと思われがちだが、実際には、元禄時代に紀州・田辺の炭商人、備中屋長左エ門が開発したもので、人名に由来している。なお、備長炭の産地は和歌山のほか、高知、三重、静岡、宮崎で生産され、一部は中国からも輸入されている。

鳥とネギは相性が悪い!?
●鳥肉を使った『やきとり』と相性抜群なのがネギ。しかし、江戸時代はそうではなかった。正徳2年(1712年)に寺島良安が上梓した『和漢三才図会』には、『鳥とネギを一緒に食べると寄生虫が生じる』とし、鶏とネギを食べることが避けられていた。なお、ネギの代役を果たしたのはセリで、鳥肉の臭みを取り、肉の味を引き立てるハーブのような役割を果たしていた。幕末になると、鳥とネギは一緒に食べられるようになった。食い合わせの迷信が打ち破られたのが幕末。実際にネギと鳥を一緒に食べて追美味しかったからだ。

2008/8/11

きうり、黄瓜が転じる
●きゅうり
『きゅうり』は、ウリ科の1年草の野菜。原産国はインド。黄色い花をつけ、果実は緑色をした緑色で、トゲ状のイボを持つ。なお、熟した時は、果実の色が緑色から黄色に変わる。『きゅうり』の語源は、『きうり』が長音化して『きゅうり』になったという説と、古くは熟して黄色になった果実を食していたことから『黄瓜』が『きうり→きゅうり』になったとの説がある。『きゅうり』を漢字で書くと『木瓜』になるが、木に生えるものではなく、単なるに当て字であることが判る。

原産国は熱帯アメリカ産
●かぼちゃ
 『かぼちゃ』はウリ科1年草の野菜。原産国は熱帯アメリカで、果肉だけでなく種子も食べる。『かぼちゃ』の語源は、15世紀半ばに、ポルトガル人がカンボジア(Cambodia)の産物として日本に持ち込み、地名がそのまま、『かぼちゃ』になった。『かぼちゃ』を漢字にすると『南瓜』になるが、“南蛮渡来の瓜”という意味。また、『かぼちゃ』は中国でも『南瓜(ナングァ)と呼ばれる。なお、『かぼちゃ』の異名に『南京(なんきん)』があるが、日本に運ぶ際の寄港地だったためだ。

室町時代の女官が名づける
●茄子
 茄子はナス科のインド原産の1年草(熱帯では多年草)で、古くから栽培されている。旬は夏から秋で、淡紫色の花をつけ、果実は卵形、球形、長形と様々。英語では、“Eggplant”(卵形の作物)と呼ぶ。『茄子』の語源は諸説あるが、元々は『なすび』と呼ばれ、室町時代の女官によって『おなす』と呼ばれるようになり、いつしか『なす』という呼び方になった。『なすび』は、『夏の実』や『生実(なすみ)』、更に、『夏味』が転化したと見られる。

14世紀に伝来
●すいか
『すいか』はウリ科の1年草。原産国は熱帯アフリカで、球形ないしは楕円形の大型果実をつける。『すいか』は漢字で『西瓜』と書くが、その由来は10世紀頃に西の国『ウィグル』から伝わってきたため。『西』は唐音で『すい』と発音、これが『すいか』になった。日本では『水瓜』と表記されることもあるが、『すいか』の『すい』を当て字にしたのと、水分を多く含むためと推察される。なお、日本に『すいか』が日本に伝来したのは14世紀(通説は16〜17世紀)、南北朝時代の漢詩集『空華集(くうげしゅう)のなかで『西瓜』の文字が出ている。

2008/7/28

蜂は『刺し』、蚊は『噛む』
●夏の害虫の代表は蚊。アウトドアを楽しんでいる時に群がって人を刺したり、蒸し 暑い熱帯夜に羽音をさせながら安眠を妨げる憎い奴だ。『蚊』の語源はさまざまだが、一番有力なのは、『噛む』が転じたという説。蜂には『刺された』という言葉を 使うが、『蚊』は『噛まれた』を使うことから、『噛む』の『か』が『蚊』の語源に なった。なお、漢字の『蚊』は『ブーン』という飛ぶ音に由来している。

1億7,000万年前には存在
●蚊の成虫は細長い体型で、頭は丸く足は長い。飛行能力は低く、エアコンや扇風機 の風で飛行障害を起こしてしまうほどだが、人間が叩こうとすると機敏に反応する。 重量は2〜2.5ミリグラム、飛行速度は時速1.5〜2.5キロで、通常でも1秒間に520回 以上羽ばたくが、血を吸うと体が重くなるため、飛行速度は落ちる。長崎県の調査で は、コガタアカイエカの1日の行動範囲は1キロ程度だった。なお、蚊の最も古い化石は1億7,000年前の中生代ジュラ紀の地層から発見されている。

血を吸うのはメスだけ

●日本に100種類の蚊がいるが、人を刺すのは、『ヒトスジシマカ』(やぶ蚊)と呼 ばれる黒白まだら模様の蚊と、赤味がかった『アカエイエカ』などと少ない。なお、 『ヒトスジシマカ』の活動は主に昼間で、生息地は雑木林や竹やぶなどだが、最近は 公園や人家など街中でも見られる。『ヒトスジシマカ』と対照的に、『アカイエカ』 は夜間に行動、羽音が大きく、眠りを妨げる。近くに獲物がいなければ半径1キロ四 方を飛び回るというから、かなり活動的だ。普段の蚊の食事は花の蜜や果汁、樹液などだが、産卵期のメスは高タンパクの栄養源が必要となるため、人間やペット、家畜などの血を吸う。つまり、血を吸うのはメスだけだ。

二酸化炭素などに反応する
●蚊が寄ってくるのは、人間が発する二酸化炭素や臭い、熱、汗とともに分泌される 物質につられるため。従って、新陳代謝が活発で、汗や二酸化炭素を多く排出する子 どもは刺されやすい。また、お酒を飲んだ人も、呼気のなかの二酸化炭素に蚊が反応 するので刺されやすい。『血液型がO型の人は他の血液型の人より刺されやすい』と の研究結果が報告されているが、それは0型の血液中に含まれる赤血球の表面が花の 蜜に非常に近いからといわれる。ただし、『B型の人が刺されやすく、AB型は刺さ れにくい』という報告もあり、血液型の性格分類と同様、科学的な根拠はない。なお、黒い服を着ている人は、白い服より熱を吸収しやすいため、蚊に刺されやすいようだ。

2008/6/30

人間がガードマン!?
●梅雨時の風物詩は、地面すれすれに飛ぶツバメの姿。ツバメは民家の軒先など人のいる場所に巣を作る習性があり、人間にとって馴染み深い鳥でもある。ツバメが人目につきやすい場所に巣を作る理由は、巣や卵やヒナを、カラスなど他の鳥やヘビなどの天敵から守ることを目的に、人間をガードマン代わりに利用しているからだ。人の多い場所に天敵が近づかないことを、力の弱いツバメがよく知っているということだろう。

時速200キロで低空飛行
●かつて、JRが国鉄時代に東海道線に『つばめ』という名の特急列車を走らせていたが、それはツバメの飛ぶ速さにあやかったもの。ツバメは全長20センチ足らず、背が黒く、喉と額が赤い。翼が大きく、細長い体型をしているのは、空中に飛ぶ昆虫を素早く食べるためで、時速50〜200キロというスピードで飛行する。なお、脚が弱く、地面に降り立ったり、歩く姿は滅多に見られない。なお、『ツバメが低く飛ぶと雨が降る』ということわざがあるが、湿度が高くなるとツバメのエサとなる昆虫の羽根が重くなって高く飛べなくなり、昆虫をエサとするツバメも低く飛ばざるを得ないからだ。

1日300キロも移動
●ツバメは渡り鳥として知られるが、どこから日本に飛来してくるのだろうか。研究によると、日本を拠点に選んだツバメの越冬地はマレー半島、フィリピン、台湾、オーストラリアなどで、1日300キロ以上も移動するから驚きだ。ツバメは2月初旬に西南諸島に現れ、その後は1日20〜30キロほど移動し、鹿児島県に到着するのは2月下旬から3月上旬、関東地方には3月下旬〜4月上旬に飛来し、産卵、巣立ちまでを日本で過ごし、9月中旬から10月下旬にかけて、南を目指して飛んでいく。

ツバメが“渡る”理由
●ツバメが『渡り』をするのはなぜか。大きく分けて食物説、氷河説、大陸移動説がある。まず、食物説の根拠は、春から夏にかけて、ツバメのエサとなる昆虫が多く、秋から冬は昆虫が少なくなるので、エサを求めて南へ移動するからだ。氷河説の根拠は、かつて地球が氷河期だった時、地球の多くが氷に覆われたため、鳥たちはやむをえず食べ物を求めて、暖かい土地に移動、その時に暖かい土地に移動する習性がついた。というのも、氷河期に移動を繰り返しているうちに、渡りの習性がついたわけだ。 最後に、大陸移動説の根拠は、古来、地球は大きな一つの大陸だったのが、徐々に分かれて、現在のようになった。渡り鳥の習性も、大陸の移動と関係があるという見方だ。

2008/6/16

世界に4,800種類
●今や、都会ではその姿をほとんど見ることはないが、梅雨時にあちこちで姿を見せるのがカエルだ。都会ではカエルが暮らせる環境が悪くなり、郊外に行かないと、鳴き声を聞いたり、その姿を見ることが少なくなってきた。カエルの生物学的名称は、脊椎動物亜門・両生綱・カエル(無尾目)で、古くは『かわず』と呼ばれた。カエルは世界で4,800種いるが、そのほとんどは水辺で生活しており、水のそばで生活しないものはたった3種類だけだ。

『田鶏』と『石鶏』
●日本では、食用蛙といえば“ウシガエル”のことで、その肉は鶏のササミに似ており、食通によると“淡白で美味”だとか。中国をはじめ欧州諸国でもカエルを食用にする国は少なくない。中国で、食用蛙といえばアカガエルが一般的で、中国語で食用蛙を“田鶏”という。また、安徽省や福建省では渓流に住む『石鶏』が珍味として珍重されている。なお、カエルは寄生虫が繁殖していることもあるので、生食で食べるのは危険といわれる。

薬理効果がない『ガマの油』
●薬用として、有名なのが『ガマの油』。ニホンヒキガエルやムカデなどを煮詰めて作られたという説があるが、主な成分は馬の脂肪から抽出した馬油。『ガマの油』は、やけどや止血に効果があるといわれるものの、民間療法の域を出ておらず、薬理効果は認められない。一方、薬理効果があるのがアジアヒキガエルやヘリグロヒキガエルの耳腺の分泌物を集めて乾燥させた生薬の『蟾酥』(せんそ)。蟾酥は、強心作用、血圧効果作用、局所麻酔作用、抗炎症作用などがあり、日本薬局方では毒薬指定されるほどの強い効果がある。

カエルの鳴き声と意味
●『かえるの合唱』という唱歌があるように、カエルは一斉に鳴くことが多い。人間には一緒に聞こえるカエルの鳴き声だが、実にさまざまな種類がある。その代表的なものは、@求愛音(繁殖期にオスがメスを呼び、産卵を促す)、A縄張り音(繁殖期にオスが他のオスに対して縄張りを宣言する鳴き声)、B広告音(繁殖期にオスが他のカエルに対して、自分の存在をアピールして、メスを引きつけ、オスを排除するための鳴き声)、C解除音(他のオスにメスと間違えられて抱接されたオスが相手を排除する鳴き声)、D警戒音(敵が近づいた時に発する鳴き声)、E危険音(蛇など敵に捕まった時に発する鳴き声)、F雨鳴き(低気圧が近づいた時に発する鳴き声)…などで、この全てが聞き取れたら、“カエル博士”の称号を差し上げよう。

2008/5/26

中国から伝わった『だるま』
●だるま(達磨)は、そもそも禅宗の開祖・達磨が座禅している姿を模した置物で、縁起物として親しまれている。その多くは張子で作られ、2つの目の部分は白いままで、何か願い事が叶うと目を書き入れる習慣がある。そのため、選挙や受験などの大願成就を祈願した置物として人気がある。なお、だるまは、江戸時代に中国から長崎の黄檗宗の寺院に伝来したのが起源で、商人に信仰されるようになり、日本中に広がっていった。

赤は魔除けの象徴
●だるまの色は赤と思っている人が多いが、日本に伝来した当時は黄色だった。これが赤になった理由は、達磨が赤い法衣を着ていたこと、赤色には魔除けの働きがあると信じられていたこと、更に、疱瘡を引き起こす疱瘡神が赤色を嫌うと信じられていたこと…などだ。近年では、黄色、白色、緑色、金色などを基調に彩色されただるまも販売されているが、やはり、一番馴染みが深いのは赤色のだるまである。なお、愛媛が発祥の地で、大分でも作られている“姫だるま”は神功皇后に由来している。

高崎で80%を生産
●全国各地でだるま市が開催されているが、生産地によって、形状や彩色、材質などが異なり、地域名を頭につけて区別することが多い。以下は有名なだるまの種類だ。
・高崎だるま…別名上州だるま。群馬県高崎市で生産され、『高崎だるま』として地域団体商標に登録されている。生産個数は年間130万個で、全国の80%を占める。選挙で立候補した際に、左の目玉に墨を入れ、当選後に右の目玉に墨を入れる『選挙だるま』の大半が高崎で生産されている。
・白河だるま…あごひげが長いのが特徴。厄除けと家内安全のご利益がある赤だるまと開運の利益がある白だるまが作られている、年間生産量は15万個。
・東京だるま…東京多摩地区で生産されている。合格祈願やカラフルだるまなど“近代だるま”発祥の地とされ、他の地域に影響を与えている。
・鈴川だるま…静岡県富士市の岳南地域で作られているだるま。優しく穏やかなのが特徴。
・越谷だるま…埼玉県越谷市で生産され、『武州だるま』の別名がある。江戸時代の享保年間に、人形師の『だる吉』が従来あった“起き上がり小法師”に座禅をしている達磨大師を描いたのが起源で、川崎大師や柴又帝釈天などの関東一円の寺社向けに年間約40万個が生産され、そのほとんどが手作業で作られている。だるまを販売するなお、だるま市は毎年、各地で開催されている。


カメの世界一
(最小のカメ)
最小のカメはシモフリヒラセリクガメ。甲羅の長さは6〜9.6cm。なお、世界最小の海ガメはケンプヒメウミガメで、甲羅の長さは50〜70cm、体重は最大で80kgある。

(最大のカメ)
最大のカメは “ゴライアス”という名のガラパゴスゾウガメ。1960〜2002年11月の死亡時まで、米フロリダ州セフナーにあるライフ・フェローシップ鳥類保護区で暮らしていた。体長は135.8cm、幅は102cm、体高は68.5cm、体重は417kgあった。

(最も遅いカメ)
セイシェル諸島で行なわれたスピード実験で、あるオスのアルダブラゾウガメは、メスのカメに誘われたにも関わらず、43.5秒間に4.57m(時速0.37km)しか進むことが出来なかった。

(最も速いカメ)
爬虫類が水中で出した最速記録は、時速35kmで、自分の身の危険を感じたオサガメが記録した。

2008/5/5

マグロの語源は『眼黒』
日本人の一番好きな魚はマグロ(鮪)、そういって良いだろう。マグロは、スズキ目サバ科マグロ属に分類される魚の総称で、日本の近海には、クロマグロ、メバチ、キハダ、ビンナガ、遠洋にはミナミマグロ、タイセイヨウマグロなどの種類がある。マグロは英語でツナ(Tuna)と呼ぶが、実際はマグロだけでなくカツオやソウダカツオなどを含み、カジキマグロは名前にカツオを含んでいても、カツオの仲間ではない。なお、マグロの語源は、目が黒いことから『眼黒』というの説と、背中が黒く海を泳ぐ姿が真っ黒な小山に見えることから『真黒』という説がある。また、マグロの別名に『シビ』と『メジ』があるが、大型を『シビ』、小型を『メジ』と呼ぶ。

死ぬまで泳ぎ続ける
マグロを漢字にすると『鮪』、魚偏の横の“有”は『外側を囲む』という意味で、漢字の『鮪』には、大きく外枠を描くように回遊する魚という意味がある。マグロの生態の特徴として、死ぬまでずっと泳ぎ続ける…がある。海中では口と鰓蓋(エラブタ)を開けて遊泳し、ここを通り抜ける海水で呼吸する。マグロは泳ぐのを止めると窒息してしまうため、寝ている時でも泳ぎ回る。

戦前まで大衆魚扱い

縄文時代の貝塚からマグロの骨が出土されていることから、日本人は古くからマグロを食していたと推測されている。しかし、マグロは腐敗しやすいため、今ほど好んで食べられていなかった。江戸時代に豊漁となった時に、腐敗を遅らせるために、マグロの身を醤油づけにした『ヅケ』が寿司ネタとして使われ、認知されるようになった。マグロは戦前まで大衆魚扱いされ、今は高級な部分である『トロ』は他の部分より腐敗しやすいため、主に加工用として使われていた。しかし、冷凍保存技術が進歩し、食生活の洋風化で日本人の味覚が濃厚なものを好むようになったため、『トロ』は1960年代以降は高級生食用として珍重されるようになった。

零下50度で急速冷凍
刺身で口にするマグロのほとんどが冷凍物だ。マグロは世界中に生息しているため、遠洋漁業が一般的で、水揚げしたら、マグロは内臓とエラを除去し、零下50度以下の船内冷蔵庫で急速冷凍される。このようにすると、解凍しても身の黒ずまず、半年後でも問題はない。昭和30年代は、まだ冷凍技術が進んでおらず、零下30度で冷凍していたため、解凍すると身が黒かったという。そのように見ると、昔の人たちより現代人の方がマグロをおいしく食べているといっても過言ではあるまい。


ほ乳類の世界一

(陸上最大の肉食動物)
陸上に生息する肉食動物のなかで最も大きいのはホッキョクグマ。普通、大人のオスは体重が400〜600kgあり、鼻からしっぽまでの体長は2.4〜2.6mある。

(最も多くの名を持つほ乳類)
北米と南米に広く分布するピューマは、最も沢山の名前を持つほ乳類。クーガー、マウンテンライオン、レッドタイガー、キャタマウント、フロリダパンサーなど、英語だけでも40以上の名がある。

(最も無駄なく死骸を食べる動物)
ブチハイエナは、他のどんな肉食動物よりも無駄なく、動物の死骸を食べることが出来る。骨、蹄、角、皮も分解出来る消化器官を持つ唯一の動物だ。

(最も速い鼓動のほ乳類)
ほ乳類で最も心臓の鼓動が速いのは、トガリネズミ。1分間の心拍数は1,200回(はばたき飛行をしているハチドリのはばたく回数と同じ数字)だ。

2008/4/21

『堅魚』が『カツオ』に転じる
『目には青葉 山郭公(ほととぎす) 初松魚(かつお)』は、江戸時代前期の俳人で治水家の山口素堂が詠んだ有名な句。江戸っ子の初ガツオを珍重する光景が目に浮かんでくる。カツオは、『古事記』や『日本書記』、『万葉集』に登場するほど古くから食用に供されてきた魚だが、身が柔らかく傷みやすいことから、生で食べるようになったのは鎌倉時代以降だ。それ以前は堅くなるまで乾燥させて食用としていた。そこから、『堅魚』と呼ばれ、『カツオ』に転じたというのが通説だ。江戸時代になっても、なかなかカツオを生で食べることは出来ず、色鮮やかな青葉やほととぎすの鳴き声はタダでも初ガツオは高価なので、『女房を質に入れても初ガツオを食べたい』という風潮が出てくる。

1尾が30万〜40万円
今では、カツオというと大衆魚の仲間入りをしているが、江戸時代は、房州(千葉)で揚がったカツオが、大至急とばかりに数人乗りの小船に移され、夜を徹して江戸・日本橋の魚河岸に運ばれた。そこには、料理屋指定の魚屋が待ち構えていて、一尾が2両ほどで取引された。貨幣価値を考えると生で食べる初ガツオの価格はざっと30万〜40万円にもなる。2〜3週間もして、出回り期になると価格は一気に100分の1まで下がるのに、見栄っ張りの江戸っ子だけでなく、カツオは『勝つ魚』につながるとして、武士は男がすたらないように、町人と先を争って初ガツオを買い求めた。なお、『まな板に 小判一枚 初鰹』という川柳も、いかに初ガツオが高価だったかを示すものだ。

土佐の秘伝が伝わる
カツオの年間漁獲量の半分以上はカツオ節に加工される。カツオ節には、『本節』と『亀節』の2種類がある。『本節』は大きなカツオを3枚におろしたあと、更に切り分け、4本の節にしたもの。『亀節』は小さめのカツオを3枚におろして2本の節にしたものを指す。また、作り方によっても種類が違ってくる。カツオを煮て、燻して乾燥させたものが『荒節』、その『荒節』の表面を削ったものが『裸節』、『裸節』にカビ付けしたものが『枯節』で、関東では『枯節』、関西では『荒節』が主流。カツオ節を作るために4〜6ヵ月もかけるので、高級食品として贈答用に使われるようになる。現在のカツオ節の製法である燻製法が考案されたのは1674年に土佐で始まったというのが通説、作り方は秘伝とされていたが、その後、100年ほど経って、土佐の与一が全国に製法を広めたが、『掟破り』をしたということで、土佐に帰ることは出来なかった。

2008/4/7

ことばのルーツ

古くて新しい言葉
●ズバリ
本誌の売り物の一つは、主要商品の目先の動きを予想する『ズバリ診断』。その『ズバリ』の意味は、物事の急所や核心を正確に突くこと、単刀直入に指摘することだ。『ズバリ』は、“刃物で勢いよく切ったり刺したりする”様子を表す言葉として、鎌倉時代から用いられていた。『ズバリ』は指したり、突いたりする際の擬
音語に由来しているようだが、『ズバリ』がここまで頻繁に使われるようになったのは明治時代に入ってからで、古くて新しい言葉といって良いだろう。

『行く』と『成り』が合体
●いきなり
『いきなり』は、何の前ぶれもなく突然何かが起こる様子を表わす言葉だ。『いきなり』は、『行き(いき)』と『成り(なり)』が合わさって、『いきなり』になった。元々は、“成り行き任せ”と同じ意味で使われていたが、やがて、“突然”の意味を持つようになった。『成り』は動詞『成る』の連用形で、『…するまま』という意味がある。『言いなり』や『それなり』など広く使われている。

和歌山の方言

●けちょんけちょん
『けちょんけちょん』は、相手を徹底的に痛めつけること、その様子。そもそも、『けちょんけちょん』の語源は、和歌山県日高郡の『けちょに』という方言だった。その『けちょに』は『非常に』という意味で使用されていた。『けちょに』が使われる地域が拡大していくにつれて、『けちょんけちょん』となり、現在の意味を持つようになったというわけ。

日本舞踊から派生する
●とことん
『とことん』は、最後の最後という意味。副詞的に用いると、“徹底的に”、“最後まで”という意味になる。そもそも、『とことん』は日本舞踊から派生した言葉だ。日本舞踏での『トコトントコトン』という足拍子の音を意味し、転じて『踊り』の意味となり、近世になると、民謡などの囃子詞として使用された。舞踏の『とことん』は、『床(とこ)』と『トン』という擬音が語源という説があるが、『とことん』そのものが擬音と見る向きもある。現代で使われている『徹底的に』、『最後まで』の意味に転じたのは、明治初めに流行った『とことんやれ節』に由来する。『とことんやれ節』は江戸時代末期の官軍の軍歌で、明治時代に大流行し、『とことん』という言葉が広まり、現代の『とことん』の意味に転じた。


病気の世界一

(最古の病気)
記録にある最も古い病気はハンセン病(らい菌によって起こる感染症)で、紀元前1350年の古代エジプトの記録が残っている。また、結核性住血吸虫症という肺の感染症のあとが、エジプト第20王朝(紀元前1250〜1000年)のミイラから発見された。

(最もよくある皮膚の感染症)
最もよくある皮膚の感染症は水虫。水虫菌は世界人口の70%以上に当たる人々を苦しめており、誰もが人生で少なくとも1回は水虫になったことがあるといわれている。

(最もよくある突然死の原因)
突然死の原因で最も多いのは、冠動脈性心疾患(心臓の周りの血管が狭くなることで起こる心臓の病気)。この病気を引き起こす主な原因は、喫煙、高血圧、高コレステロールだといわれている。

(最もよくある感染症)
最もよくある感染症は風邪。風邪はライノウイルスによって引き起こされる病気で、少なくとも180の型がある。僻地や極寒地域を除いた地球上の、ほとんどあらゆる人間を襲う。

2008/3/24

紅一点の弁財天
●七福神の紅一点は、琵琶を奏でる容姿端麗な女神である弁財天、弁天様という異名もある。弁財天は、インド古代神話の大河の神で、サンスクリット語で『水を有する者』を意味するサラスバティと呼ぶ。サラスバティは、水と関係があり、水が流れる音にちなんで、音楽、弁舌(知恵)の神として信仰されるようになった。このサラスバティを仏教の世界に導いたのは、『金光明最勝王経』で、弁財天の声には、『寿命増益怨敵退散』の利益があり、弁財天のお経を聴いた者は知恵や長寿を授かるとされた。室町時代まで、弁財天は『弁才天』と呼ばれていたが、“才”が“財”に変わり、財産の神としての性格も加わった。琵琶を弾く色白の裸姿は、天照大神の娘である市杵島姫命(市の神様)の姿になぞらえたためと見られる。なお、日本三大弁財天は、神奈川県江の島・江島神社、滋賀県竹生島・宝厳寺、広島県宮島・大願寺で、いずれも海や湖に面している。

布袋は実在の和尚
●七福神のなかの大黒天、恵比寿、弁財天は正真正銘の神様だが、布袋和尚はその名の通り実在の和尚だ。モデルは9〜10世紀頃の中国唐代の禅僧・契此(かいし)で、常に大きな布の袋をかついで喜捨(お布施)を集めて回ったため、布袋和尚と呼ばれるようになった。布袋は弥勒菩薩の化身ともいわれ、中国では王朝が交代する時に現れる聖人として神格化されていくようになった。大きなお腹をして福々しい顔をしているので福徳の神扱いされるようになった。

もともとは暗黒界の悪霊
●甲冑に身を固め、右手に槍、左手に宝珠を持ったのが毘沙門天。もともとは暗黒界の悪霊の主だったが、ヒンズー教ではクベーラと呼ばれ財宝福徳を司る神になった。仏教では護法神となり、四天王の一人として弥勒山に住み、北方を守った。別名、多聞天と呼ばれ、』知恵の神様としても信仰されている。。

実態の判らない老人二人
●福禄寿は道教の星の神様で、南極星の化身・南極老人と同体異名といわれる。福禄寿は中国の仙人で、画題として室町時代に人気があり、庶民の信仰の対象になった。頭が長いという独特の風貌が絵として面白く、福禄寿という名前が縁起良さそうだったので七福神の仲間入りをしたようだ。最後の七福神は寿老人。白いヒゲをたらし、いつも杖を持って、鹿を伴っている。中国宋時代の人で、天南星の化身といわれているが、その実態は判らない。中国でも福禄寿と寿老人の区別がつかないほどだが、寿老人という名前の通り、長寿の神様として信仰を集めている。

2008/3/17

ヘビの世界一
(最も長いヘビ)
最も長いヘビはアミメニシキヘビ。東南アジアのインドネシアやフィリピンに生息し、体長は6.25mを超えることがある。最も長い記録は1912年にインドネシアのセレベス島で捕らえられたもので10m。

(最も長い毒ヘビ)
最も長い毒ヘビはキングコブラ(ハマドライアドとも呼ばれている)で、体長は3.65〜4.5m。東南アジアとインドに生息。なお、キングコブラは1回噛み付くことにより、ヒト20人を殺すのに十分な毒液を出す。

(最も長い毒牙)
最も長い毒牙を持つヘビは熱帯アフリカに生息する猛毒のガボンクサリヘビ。体長1.85mで毒牙が5cmあった。なお、ガボンクサリヘビの大人のオス1匹で、ヒト30人を殺せるほどの毒を持つ場合があるという。

(最も強い毒を持つ陸に住むヘビ)
陸に生息し、世界で最も強い毒を持つヘビは体長1.7mのナイリクタイパン。1度の攻撃で60mgの毒液を注入する。

2008/3/3

大黒様のルーツは破壊神
右手に小槌を持ち、左手で袋を背中にかけ、米俵に乗っている姿こそ、日本人の多くが想像する『大黒天』(大黒様)の姿である。頭巾をかぶり、にこやかな顔をしているが、意外や意外、その正体はヒンズー教の破壊の神“シバ神”なのだ。シバ神は青黒い身体を持つ破壊神で、仏教に帰依して、サンスクリット語で『マハーカーラ(摩訶迦羅)』と呼ばれるようになった。なお、『マハーカーラ』には『偉大な黒い者』という意味もある。ヒンズー教から仏教に帰依したマハーカーラは、飲食を豊かにする神様として信仰され、天竺(インド)の諸寺では、厨房の柱にマハーカーラを守護神として祀れば、何人かの僧が訪れても、彼らに出す食事には困らないとされた。マハーカーラは“福の神”というようより、荒々しい神で、台所に入ってくる邪気を追い払うという役割を担わされていた。

主婦の守護神にもなる
台所の神、マハーカーラを『大黒天』として日本に持ち込んだのは天台宗の開祖・最澄で、天台宗の寺の多くに『大黒天』が飾られるようになった。『大黒天』は台所の神という理由から主婦の守護神にもなった。つまり、主婦の台所仕事がうまくいけば家庭は安泰として、『大黒天』が家の守護神として広く信仰されるようになった。

大国主命と混同されやすい
『大黒天』と混同されやすいのが大国主命(オオクニヌシノミコト)だ。大国主命は、日本の神様が集まる出雲大社の主でもある。大国主命は、大きな袋に一切のものを詰め込んで全国行脚したが、その姿が『大黒天』とダブり、しかも、『大黒』と『大国』という語呂合わせもあり、『大黒天』と『大国主命』が混同されて、『大黒天』が福の神として有名になった。

小槌と頭巾の秘密
商業が発達してくると、『大黒天』は商業の神様としても信仰対象になってくる。すなわち、『大黒天』は、振れば何でも出てくる小槌を持ち、全てが入っている大きな袋を背負う姿が無尽蔵の財宝と富の象徴だったからだ。また、『大黒天』の持っている小槌にも意味がある。『槌(つち)』は『土(つち)』に通じ、その『土』は全てのものを生み出し、『田から』出てくる。つまり、『宝(たから)』は田から出てくるということで、『大黒天』は豊作の神にもなった。更に、『大黒天』がかぶっている頭巾にも意味がある。大きな頭巾は、それ以上上を見ずに、常に謙虚であれという教えらしい。また、『大黒天』が乗っている2俵の俵は、『2俵で我慢しなさい』という『知足(足るを知る)』の教えだと言われている。


舞台の世界一
(最も長いシェークスピア劇)
ウィリアム・シェークスピア(英)が書いた37の演劇のうち、最も長いのが『ハムレット』(1604年)で、2万9,551語から成る。また、劇中で最も長い台詞は主人公・ハムレットのもので、合わせて1万1,610語ある。

(最も厚いメイク)
世界で最も厚く立体的なメイクは、南西インドのカタカリという伝統的な舞踏劇で施される『チュッティ』と呼ばれるメイク。赤いひげの悪役は、コメと紙を糊状にして作った飾りを顔に貼り付ける。この飾りは顔の表面から15cmも張り出していて、メイクに数時間かかる。

(最も長いオペラ)
一般に上演されているオペラで最も上演時間が長いのは、リヒャルト・ワーグナー(独)の『ニュルンベルクのマイスタージンガー』。1968年の8月24日〜9月19日にサドラーズ・ウェルズ・カンパニー(英)によって上演されたノーカット版では、音楽が計5時間15分あった。

2008/2/25

ことばのルーツ
『穏』が転じた言葉
●鬼(おに)
『鬼』は、人の形をしているのに、角や牙を持ち、超自然的な力を持つ想像上の怪物のこと。そもそも、中国において、『鬼』は、『魂が体を離れてさ迷う姿』、『死者の亡霊』という意味だった。日本では、奈良時代に『鬼』という字は使われていたが、魔物や怨霊は『物(もの)』とか『醜(しこ)』と呼ばれ、『鬼』も“もの”ないしは“しこ”と読まれていたようだ。『鬼』を『おに』と読むようになったのは平安時代以降。姿の見えないものを意味する漢語『隠(おん)』が転じて『おに』になったという説が、平安中期の書物『和名抄(わみょうしょう)』に記されている。

神話に登場する神
●天邪鬼(あまのじゃく)
『天邪鬼』は、他人の言行に逆らう“ひねくれ者”、“へそ曲がり”を指す。『天邪鬼』は、『天探女(あまのさぐめ)』という悪神の名前が訛って出来た言葉らしい。『天邪鬼』は『古事記』や『日本書紀』の神話に登場する神で、人の心の内を探り、その意に逆らう、ひねくれた神だった。仁王様や四天王に踏みつけられた小さな鬼も『天邪鬼』といい、仏教では『天邪鬼』を人間の煩悩の象徴としている。

遊郭で産まれた言葉
●あがり
『あがり』は、寿司屋などの料理屋で出てくるお茶のこと。『あがり』はもともと遊郭の言葉で、“上がり花(あがりばな)”の略。『お茶を挽く(お茶挽き)』という言葉は、客のつかない遊女や芸者が暇を持て余している様子を意味するので、遊郭では『お茶』という言葉を嫌い、『客があがる』という縁起かつぎを込めて、『お茶』を『あがり』と呼んだ。

『切り身』を嫌う武士
●刺身(さしみ)
『刺身』は、新鮮な魚介類などを生のまま薄く切り、醤油やわさび、生姜などをつけて食べる料理。『刺身』は、室町時代から使われるようになった。武家社会では『切る』という言葉を嫌っていたため、『切り身』に代わって、『刺身』が用いられるようになった。『刺す』は、包丁で刺して小さくすることから使われた。なお、魚介類以外でも、『刺身』と呼ぶ料理がある。たとえば、『たけのこの刺身』、『こんにゃくの刺身』、『馬刺し』、『牛刺し』などがそれで、新鮮を売り物にする簡単な料理にも『刺身』という言葉が使われている。他に、魚のヒレやエラを串に刺して、魚の種類を区別していたことから、『刺身』と呼ぶようになったとする説もある。


2008/2/18

七福神巡りは全国81ヵ所

室町時代末期に京都で生まれた七福神信仰が全国区になったのは江戸時代に入ってからだ。その『七福神巡り』を徳川家康の政治指南役で参謀役の天海僧正が奨励して人気化したといわれる。七福神巡りは全国で81ヵ所も存在し、民間信仰として根付いているが、それでは、その七福神とはどのような神様なのだろうか。

日本の神は一人だけ
●意外なことに、七福神のなかで日本国籍の神様は恵比寿さんだけ。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)・伊邪那岐命(いざなみのみこと)の三男の夷三郎が恵比須さまのルーツだといわれている。夷三郎は、九州・日向から小船に乗っている途中に流され、たどり着いたのが摂津国西宮(兵庫県西宮市)の武庫の裏、現在の夷神社がある場所だ。

海の富を授ける
●“えびす”の語源はハッキリしていない。元来は、『夷』と書いたが、その言葉自体に、“遠方”という意味があるため、異郷人、来訪人を指す言葉であると理解出来る。そのようなこともあって、恵比寿さまは、遠方より福を運んでくる寄神(よりかみ)、客神(まろうどかみ)として信仰された。日本各地の漁村では、海中から拾い上げた丸い石や浜辺に漂流した丸い石を恵比寿さまのご神体として祠に納め、初漁祝い、大漁祈願などの信仰の対象とした。漂流物でさえも恵比寿さまと呼び、何と死体でさえ恵比寿さまとして手厚く祀ったという。恵比寿さまは海の富を授けてくれる『漁業の神様』でもある。

豊作の神として農民が祀る
●恵比寿さまは海の神様である一方、農民や商人にも信仰された。日本では、春に『山の神』が里に下りて『田の神』になり、秋に山に帰って『山の神』に戻る。季節によって往来するので、遠方からやってくる『客神』としての恵比寿信仰と重なり、『恵比寿さまは豊作の神』となった。その豊作の神・恵比寿を全国に広めたのが夷神社の神人である。神人は恵比寿の絵を配ったり、エビズカキ(恵比寿舞わし)という人形芝居をするなどして、恵比寿の徳を布教したという。

地道に竿で魚を釣る
●恵比寿は釣竿を持って鯛を抱えているが、この姿にも意味がある。この姿は、『暴利をむさぼらない清廉な心』を象徴しているという。網を使って一気に魚を獲り、その後に獲物がなくなるのを避けるため、竿を使って一匹ずつ釣り上げるというもので、そのような地道さが貴いものとされ、恵比寿さまが商売人の神様、商売繁盛の神様になっていく。

2008/2/4

根強い七福神信仰
景気が良くても悪くても、縁起物グッズや開運グッズの売れ行きは好調だ。なかでも一番人気は招き猫だが、その歴史は江戸時代と浅く、しかもローカルにとどまっている。七福神に比べるとまだまだ歴史が浅い。そもそも、七福神とは、恵比寿、大黒天、弁財天、毘沙門天、布袋和尚、福禄寿、寿老人の7人の『福の神』のことだ。恵比寿さんは『商売繁盛』(清廉)、大黒天は『豊作』(知足)、弁財天は『学問と財福』(愛敬)、毘沙門天は『勝負』(威厳)、布袋和尚は『開運・良縁・子宝』(度量)、福禄寿は『福徳・長寿』(人徳)、寿老人は『長寿・幸福』(長生)の象徴といわれているが、それでは七福神信仰が始まったのはいつ頃なのなのだろうか。

室町時代末期に登場
江戸後期の画家谷文晁は、自著『三養雑記』に、七福神の絵について、『狩野松栄以前の絵を見ず』と著している。狩野松栄は、1592年(文禄元年)に亡くなっているので、安土桃山時代以前か、室町時代末期に七福神があったことになる。室町時代末期は応仁の乱など戦国時代で、武士も庶民も疲弊しており、『福の神』を求める土壌があった。また、このころになると、商業が発達して貨幣経済が発達し始め、庶民が蓄えを持つようになり、誰もが個人の富を願うようになった。従来の神仏は国家安泰や五穀豊穣を願う対象だったが、室町時代末期になって、個人的な願いを託す信仰が始まり、七福神がその対象になった。

紅一点の座を巡る戦い
七福神といっても7人の神が最初から揃っていたわけではないし、顔ぶれも固定されていたわけではない。その時々の人気でメンバーの変更が起こった。七福神は、当初、恵比寿と大黒天というポピュラーな福の神ペアから始まった。それを示すように、現在でも関西の商家では、この2人の福の神を祀る風習がある。ここに割って入ったのが、弁財天という女性の神様。当時、吉祥天という女神も信仰されていたが、この女神は恐ろしいという理由で、弁財天が福の神の仲間入りをした。ただし、弁財天の人気が磐石だったわけではなく、日本神話に出てくる天細女命(アメノウズメノミコト)が福の神として採用されていた。しかし、京都においては弁財天の方が天細女命より人気があったため、弁財天が紅一点の福の神の地位をしとめたというわけだ。3人の神様では不足として、京の庶民たちは毘沙門天を加え、4人の神様では縁起が悪いとして、布袋和尚を加えて五福人にして、それに福禄寿と寿老人をおまけに加えて、七福神にしたという。


宗教の世界一
(最大の宗教)
世界で最も広く信仰されている宗教はキリスト教。2000年の時点で世界人口の33%である約19億9,956万人がキリスト教の信者であった。

(最も急速に広まった宗教)
世界で最も急速に広まった宗教はイスラム教。1990年、世界人口のうちの9億3,500万人がイスラム教徒だったが、2000年には約11億8,824万人に増えた。
(最も長い断続的な宗教戦争)
レコンキスタ(イスラム教のムーア人からイベリア半島を取り戻そうとするキリスト教徒の運動)は718年に始まったから、1492年にムーア人の最後の要塞グラナダが征服されるまで、断続的に774年間続いた。

(最初の礼拝場所)
ヨーロッパにある旧石器時代後期の洞窟(紀元前3万〜1万年の頃のもの)のうち、装飾を施されたものは、礼拝や宗教的儀式の場所として使われていたと多くの考古学者が考えている。

2008/1/28

欧米人の親指の幅
今週号は単位にまつわる話。英米でポピュラーなのが『ヤード・ポンド法』で、その最小単位が『インチ(inch)』だ。1インチは2.54センチで、メートル法を使う国民にとっては中途半端だが、これは親指の幅が基準になっている。もちろん、欧米人だから親指は2.54センチと広い。なお、日本人の親指の幅は2センチほどと小さい。別の説では、中くらいの大麦を3粒並べると1インチになる。1フィート(feet、単数形はfoot)は30.48セント、12インチ、足の長さのこと。日本人だとせいぜい、25〜28センチくらいの長さになる。

欧米人の腰周り
ゴルフでよメートルよりポピュラーなのがヤード(yard)、0.914メートルの長さに相当する。ヤードは英国人の腰周りを基準にしたものだが、日本人だとメタボサイズになる。別の説で、古代から使われていた『キュービット』の2倍…がある。エジプトのピラミッド建設の際に、『キュービット』が使われていた。ちなみに、肘から中指の先までの長さが基準。

2歩分の長さの1,000倍
1マイルは1,760ヤード、約1,609.3メートルと中途半端だが、これはベースになった系統が違うからだ。2歩分の長さ(複歩)を1,000倍したものが基準で、古代ギリシャで、1,000複歩をミリアリウムといい、これがマイル(マイル)なった。ちなみに歩数を“passus”をいうが、これは『ペース配分』』で使われるペース(pace)の語源とされる。

小麦7,000粒が1ポンド
ポンドは欧米でポピュラーな重量単位。小麦がベースになっている。小麦1粒の重さが1グレーンで、0.0648グラム、この7,000倍が1ポンドというわけ。ポンドの、表記は“lb”、これはラテン語の天秤(libra)に由来している。重さを量る天秤が単位となり、ポンドに受け継がれた。ちなみに、1オンスはポンドの16分の1、28.35グラム、“oz”と表記される。

原器は白金系の合金
次は重さ。1気圧で摂氏4度の時の水1リットルが1キログラムと定義されている。国際キログラム原器はパリ郊外のセーヴィルの国際度量衡局にあり、直径3.9センチ、高さ3.9センチの円柱形で、白金とイリジウム、ロジウムなどの合金で作られている。40個の複製が作られ、日本では茨城県つくば市の産業技術総合研究所に保管されている。各国のキログラム原器は、10年ごとに国際キログラム原器と比較して、質量が狂わないようにしている。




2008/1/14

今年は子年。過去の子年にはどのような出来事があったか簡単に紹介しよう。

初めての小選挙区制で選挙
・1996年(平成8年・丙子)
4月:三菱銀行と東京銀行合併
7月:O−157による集団食中毒
9月:米大リーグで野茂英雄投手がノーヒットノーラン
10月:小選挙区制で初の総選挙
11月:クリントン米大統領再選

・1984年(昭和59年・甲子)
1月:日経平均株価1万円突破
3月:グリコ・森永事件
9月:長野西部地震、死者29名
11月:日銀15年ぶりに新札発行
ゲリラ事件が頻発する

・1972年(昭和47年・壬子)
1月:グアム島で元日本兵・横井庄一氏発見
2月:ニクソン米大統領が訪中
浅間山荘事件
5月:沖縄返還
テルアビブで自動小銃乱射事件
6月:最高裁が初めて日照権認知
9月:日中国交正常化
パレスチナゲリラ西独五輪村襲撃
安保巡り政局混迷

・1960年(昭和35年・庚子)
1月:ピンク電話初登場
5月:チリ地震津波で死者139人
6月:新日米安保条約承認
10月:浅沼社会党委員長刺殺事件
クレジットカード登場
11月:ケネディ大統領選に勝利

・1948年(昭和23年・戊子)
1月:帝銀事件、12人毒殺
5月:第1次中東戦争(パレスチナ戦争)勃発
6月:NHKがテレビ公開実験
9月:昭和電工疑獄事件
福井地震(死者3,859人)
10月:警視庁が『110番』設置
11月:東京裁判の判決下る
二・二六事件で混乱
・1936年(昭和11年・丙子)
2月:二・二六事件発生
全日本職業野球連盟結成(プロ野球が誕生)
5月:阿部定事件
7月:スペイン内乱始まる

・1924年(大正13年・甲子)
4月:日本初のボクシング日本タイトルマッチ
5月:中ソ国交樹立
7月:メートル法を採用
8月:西宮市に甲子園球場建設
明治に終わり告げる

・1912年(明治45年・壬子)
1月:日本最初の南極探検隊
2月:清朝滅亡
4月:タイタニック号沈没
6月:富山で米騒動、全国に波及
7月:明治天皇崩御

・1900年(明治33年・庚子)
1月:ペスト予防で東京市が鼠を買い上げる
3月:未成年者喫煙禁止法公布
郵便法公布

2008 新春特集号

干支にまつわるエトセトラ

寝盗みが語源
●ねずみの語源は、人間が寝ている間に食べ物を摂取するため、『寝盗み』が転じて『ねずみ』になった。ねずみは、一生延び続ける門歯を持っており、常に何かを食べて前歯をすり減らす習性がある。もし、固いものをかじらず、そのままにしておくと、前歯がすり減らないで、口をふさいでしまって、食べ物が口に入らず餓死してしまう。

地震を予知出来る!?
●ねずみは、地震の際に異常行動を起こすことで知られている。1923年の関東大震災の時には、3、4ヵ月前に、横浜港に近い下町で、多数のねずみが道路を横断して横切っている姿が目撃され、中国の海城地震(1975年)でも、地震の起こる前に、ねずみの大群が戸外にあらわれ混乱している姿が目撃されている。

有名なキャラクター
●ねずみは、アニメーションなどに、しばしば登場してくる。世界一有名なねずみのキャラクターといえば、だれもが思い浮かべるのがミッキーマウス。初登場は1928年に公開されたアニメーション『蒸気船ウィリー』。ウォルト・ディズニーが飼っていたネズミがミッキーマウスのモデルといわれている。他には、『トムとジェリー』のジェリー、イタリアの人形劇に登場するトッポ・ジージョが有名。

ねずみ小僧は義賊か?
●盗賊で、今も尚、名を馳せているのは『ねずみ小僧』。武家屋敷などでの盗みが多かったため、『義賊』と崇められ、盗んだ金を貧乏人に施したと伝えられる。しかし、実際には盗んだカネで放蕩三昧。義賊伝説はもろくも崩れた。ねずみ小僧は生涯に武家屋敷99ヵ所に120回入り、合計3,100両をせしめたが、米価を基準に現在の価格を被害額に換算すると1億8,000万円を上回るというから凄い。

お正月に頭の体操
●ねずみに関連する言葉と慣用句は多い。お正月休みにコタツに入りながら、どういう意味か調べて、頭の体操をするのも一興だ。
・ 頭の黒い鼠
・ 家を破る鼠は家を出る
・ 急ぐ鼠は雨に逢う
・ 窮鼠猫を噛む
・ 泰山鳴動し鼠一匹
・ ただの鼠ではない
・ 時に遭えば鼠虎になる



投資のアノマリー

最近、しばしば耳にするのがアノマリー。アノマリーとは、『市場の変化について合理的な説明が出来ない現象』の総称で、ジンクスとも類似している。ここで、幾つかアノマリーを紹介しよう。

子年は株価が高い
●干支をベースにした株式の相場格言に、『辰巳天井、午(うま)尻上がり、未(ひつじ)辛抱、亥(い)固まる、子(ねずみ)は繁栄、丑(うし)はつまずき、寅千里を走り、卯(う)跳ねる』がある。『子年は繁栄の年』ということになるが、果してどうか。大手証券会社がまとめた1950〜2005年の年始の大発会と大納会の日経平均株価を比較したそれぞれの干支の平均騰落率は、子年が約40%の上昇で、第2位の辰年の29%を大きく引き離している。なお、下落率が一番大きいのは午年の7.3%。

駅伝4連覇は株高のサイン

●正月に箱根駅伝を観戦する人にとって興味深いのは、4連覇が達成されると相場が良くなるというアノマリー。最近では、順天堂大学が1986〜1989年に4連覇を達成しているが、その時はITバブルの絶頂期だった。ただし、1987年はブラックマンデーの年で、株価の上げ下げがハッキリしている。なお、箱根駅伝で4連覇以上の優勝を果たしたのは順天堂大学以外に、中央大学(6連覇、1959〜1964年)、日本体育大学(5連覇、1969〜1973年)、日本大学(4連覇、1935〜1938年)、駒沢大学(4連覇、2002〜2005年)がある。

サザエさんの視聴率
●これは古典的なアノマリー。それは、『サザエさん視聴率が下がると景気が良くなる』というものだ。サザエさんは日曜18時30分から放映されているが、その視聴率が低いということは、多くの人が外出して、外でおカネを使っていると推察出来、個人消費が好調なことを示している。ただし、このアノマリーは、サザエさんのような人気番組でないと通用しない。

五輪開催年は株価が高い
●2008年はうるう年で、オリンピックの開催年。今年は8月に北京五輪が開催される。ここで紹介するのは、『オリンピックが開催される年は株価が高くなる』というもの。1992〜2006年のデータを見る限り、夏季も冬季も例年より株価が上がっている。ただし、オリンピックが開催される夏と冬は春と秋に比べて、株価が高くなる季節習性もあるようだ。
この資料は、取引判断となる情報提供を目的としたものです。
お取引に関する最終決定はお客様ご自身でなさるようにお願い申し上げます。

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